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労働新聞 2007年8月15日号・4面 労働運動
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三池闘争の地ー大牟田市で
「藤沢孝雄を偲ぶ会」開かれる
「労働者は必ず立ち上がる」の
言葉 胸に刻む
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三池闘争を闘い、のちに左翼連合事務局長、自主・平和・民主のための広範な国民連合全国世話人を務めた藤沢孝雄さんが、今年五月に逝去された。藤沢さんは七十九年のその生涯を終えるまで、三池闘争をはじめとする闘いの経験や教訓などを多くの労働者に伝えようと、あらゆる労働者の集まりに参加し、わが国労働運動の発展のために尽力された。二〇〇〇年に出された著書「三池闘争と私」は多くの労働者に読まれ、「労働者を信じきれるかが、カギ」「労働者は必ず立ち上がる」という三池闘争の教訓は、読んだ労働者に強い感銘を与えた。わが国労働運動がその役割を十分に果たせていない現状において、藤沢さんが強調してやまない三池闘争の意義と教訓は極めて重要な意味を持っている。こうした中、福岡県大牟田市で藤沢さんの追悼会が開かれた。
三池闘争に思いをはせる
五月二十二日に逝去された藤沢孝雄さんの冥福を祈り、彼の生き方に学ぶ「藤沢孝雄さんを偲ぶ会」が、八月十一日、彼の故郷であり、また闘いの場でもあった福岡県大牟田市で開催された。かつての仲間である元三池炭鉱労働者や、藤沢さんから励まされたゆかりの人たちが、地元大牟田をはじめ九州各地から集まり、厳粛な中にも温かみのある、藤沢さんを偲ぶにふさわしい集いとなった。
開会のあいさつに続き、呼びかけ人の一人である元炭鉱労働者の高野玄太氏が主催者を代表してあいさつを行った。藤沢氏とは旧制三池中学の同級生であり、三池労組での闘い、その後の広範な国民連合などでの闘いを共に闘ってきた高野氏は、最期の時を迎えるまで闘いの姿勢を持ち続けた藤沢さんの労働者魂をたたえた。その後記録映画「三池闘争」の一部が上映され、スクリーンに映された若き日の藤沢さんの姿に参加者から声が上がるなど、あの一九六〇年の三池闘争がどのような意義をもっていたかを参加者全員が確認した。
藤沢さんの思い出語られる
続いて荒木栄作曲の音楽が流れる中、参加者全員が白菊を藤沢さんの遺影の前に献花し、冥福を祈った後、同じく呼びかけ人の一人である元三池炭鉱労働者の小柳康治氏から、藤沢さんの経歴についての紹介があった。
その後、元三池労組組合長の森田満明氏や広範な国民連合・福岡の宮田こずえ氏をはじめ参加者から追悼の言葉が述べられた。「三十数年前、勝立の炭住に泊めていただき、風呂に入れてもらった。藤沢さんたちから教えられたことは、理屈ではなく、地に足がついた人間の生きざまだったように思う」「藤沢さんから言われたことは、『敵と最も非妥協的に闘える者ほど、仲間を信頼している』ということだった」「三池の人たちと会って、世直しの原点というか、初心に返ることができたことを記憶している」「藤沢さんから言われた『労働者の今の状態だけを見て悲観してはいけない。労働者は必ず立ち上がるものなのだ』という言葉が忘れられません」「久しぶりに大牟田を訪れ、なつかしい人たちにお会いすることができた。これも藤沢さんがみんなを呼び集めてくれたおかげだと思う」等々。一人ひとりがそれぞれのスタイルで炭鉱労働者や藤沢さんへの思いを語った。
最後に三池闘争の中で生まれた労働歌「がんばろう」を全員で合唱し、予定にはなかったが、急きょ高野氏の音頭で団結ガンバローを三唱して、偲ぶ会を終了した。藤沢さんの人柄が偲ばれる集会であった。
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