2008年4月15日号 3面 解説 

「チベット亡命政府」、
ダライ・ラマの正体

対中干渉の道具、正体は大地主

 チベットでの暴動をきっかけとして、「人権」を口実とした中国への攻撃が強まっている。かれらは中国を批判する一方、ダライ・ラマが「平和の使者」であるかのように描いている。暴動の背景にはさまざまな理由があるにしても、これらの宣伝のほとんどがデマである。歴史を振り返り、チベットにおける大地主支配と、米欧帝国主義の干渉を暴露する。


解放前のチベットは農奴制社会
 一九五一年の解放以前、チベットは、歴代ダライ・ラマを代表格とする封建的大地主によって支配される「政教一致の神聖国家」であった。
 国土は人口の約五%にすぎない大地主に支配されていた。貴族、官僚はもちろん、チベットの高僧もまた大地主であり、住民の大部分は人権がない農奴であった。かれらは「話す馬」として極貧の状態におかれ、平均寿命はわずか三十六歳、文盲率は九割以上で、売買の対象だった。農奴が「人」となったのは、五一年の解放以降のことである。
 チベット仏教はこの大地主支配の「精神的支柱」であり、「現世で苦労するほど来世で報われる」などという教義で農奴をダマし、無給労働(ウラグ)でさらに搾り取っていた。家庭に男子が二人以上いれば、一人は強制的に僧侶とされた。
 五九年のチベット暴動??ダライ・ラマ十四世のインド亡命につながった??は、社会主義建設によって土地と農奴を奪われた地主階級による反動的なものであり、後述するように米国の後押しによって引き起こされた。
 このように見れば、十四世が「民主主義」や「人権」を振りかざすのは、ペテン以外のなにものでもないことが分かる。ダライを支持する人びとは、チベット人民に「農奴に戻れ」と説教するつもりか。

帝国主義の干渉の口実に
 チベット仏教の指導者の一人(唯一ではない)である「ダライ・ラマ」という称号は、十六世紀にモンゴル(北元)の政治権力者が与えたものである。
 当時の明朝は、チベットを「周辺国」として扱っていた。
 十七世紀、ダライ・ラマ五世は清朝の承認の下でチベットを支配した。十八世紀初頭、ダライ・ラマの後継をめぐるチベット内乱に清朝が介入した頃から、事実上、中国側はチベットを「中国の一部」と認識するようになった。
 一九〇四年、ロシアの影響力が中国で拡大することを恐れた英国がチベットに進駐すると、ダライ・ラマ十三世は北京に逃れたが、後に英国と結びついた。一〇年、清朝がチベットに軍隊を送ると、今度は英国植民地であったインドに亡命した。一一年の辛亥革命で中華民国が成立すると、十三世はチベットの分離を求め、民国政府と対立する。
 三〇年代以降の国共内戦時、蒋介石率いる国民党はチベット兵を使って、共産党員・兵士を虐殺した。現在の十四世は四〇年に即位したが、その費用などいっさいは、国民党が用立てたものであった。
 インドに亡命した十四世らによる「チベット亡命政府」を助けたのは、米帝国主義であった。もちろん、その狙いは、中国の分裂と体制転覆である。
 米中央情報局(CIA)は、十四世らに資金を提供して、対中武装闘争を行わせた。CIAによる関与は、暴動以前の五七年からあったが、その援助額は六〇年代には年間百七十万ドル(約六億一千万円)以上におよび、武装兵の訓練は米国やネパールで行われた。この支援は、公然たるものだけでも七〇年代末まで続いた。
 現在、この役割を引き継ぎ、世界のチベット「支援」団体に資金を提供しているのが、世界的な投資家であるジョージ・ソロス率いる「ソロス財団」や「米国民主主義基金」などだ。かれらは、ハンガリーなど旧東欧社会主義諸国、グルジアなど旧ソ連圏諸国の転覆のために資金を投じてきたし、現在もキューバ、朝鮮、イラン、ベネズエラなどの反米的な諸国・政権の転覆活動を行う団体に資金を渡している。
 米欧列強は、政府首脳が十四世と会談したり、「ノーベル賞」を与えるなどして、陰に陽に、チベット問題での中国への揺さぶりを続けてきた。
 こんにち、これら諸団体や米欧帝国主義国は、北京のオリンピックを「好機」とし、チベットの「人権」を持ち出すことで中国を揺さぶっているのである。

「亡命政府」を認める国は皆無
 ちなみに、「チベット亡命政府」の「閣僚」六人中三人は十四世の血縁であり、「民主」などない一族政治である。「亡命政府」を承認する国は一つもなく、世界的には「チベットは中国の一部」というコンセンサスがある。十四世自身も、五六年に成立した「西蔵自治区準備委員会」の首班を務めるなど、新中国の一部としての自治を受け入れていた時期がある。
 こんにち、十四世らが「自治」(中国の憲法に照らすと独立)を主張する「チベット」とは、西蔵自治区だけではない。チベット民族が生活している(必ずしも多数派ではない)青海省、四川省、甘粛省、雲南省の一部にわたる地域であり、中国全土の約四分の一の面積に当たる。中国が、このような要求を「中国の分裂を図るもの」と批判するのは理解できることだ。
 中国政府は七〇年代末以降、十四世の使者と数回にわたって会談している。その回数は、〇二年以降だけでも六回にわたる。この間の会談については、「亡命政府」の要人自身が、「チベットと中国の人びとの未来にとって相互に納得のいく決断に到達するのに不可欠なオープン性の気風を確立するのに大いに貢献した」(〇六年十一月)と認めている。
 マスコミや政治家などが、中国が十四世との「対話」を一貫して拒否しているかのように言うのは、言いがかりである。

中国に干渉する野党ら許すな
 わが国の野党や「左派」勢力、あるいは新左翼諸派までが、「人権」を口実に十四世らを支持していることは、米欧帝国主義を利し、アジアに敵対するものである。
 民主党は、鳩山幹事長が十四世支持を公言し、「チベット問題を考える議員連盟」を主導するなど、対中干渉の先兵となっている。また共産党の態度は、「チベットは中国の一部」としつつ、中国政府に「対話」を求めるというもので、福田政権と同じである。かれらは、「人権」を口実とした対中干渉と、いっさい闘おうとしていない。
 このような野党に頼らず、中国への内政干渉に反対しなければならない。それは、わが国がアジアと共生するために不可欠なことである。(結垣)


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