労働新聞 2007年11月25日号・1面

米価暴落

自由化進め農業
つぶしてきた政府の責任
「農業守れ」の国民運動で
農政の転換を

 この冬の「寒さ」は、わが国の農民にとってきわめて厳しいものになっている。今年の米価は暴落、昨年より千円も値下がりし、十五年前の半額に近い水準となった。これは米国などの要求で農産物の自由化を押し進め、またコメの価格安定・維持という政治責任を放棄し市場にゆだねた政府の責任である。食糧自給は国の独立の基礎である。農民が安心・安定して国民の食料を生産できる農政を求める国民の声を高めなければいけない。


この米価で農業は続けられない
秋田県大潟村 坂本進一郎

 私は秋田県大潟村にある十五ヘクタールの田んぼで四十年近くコメを作り続けている。しかし今、農民は生きるか死ぬかの状況に追い込まれていると言っても大げさではない。
 米価は今年、六〇キロで約一万一千円だ。コストが一万一千円ぐらいなので、一年間働いても何も残らないことになる。どうやってもこの米価では経営は成り立たない。
 政府が「お手本」にしたがっている大潟村の大規模農家でさえこの状況だ。この米価でやっていける農家は日本にはない。農業用機械は値上がりしているし、農薬などその他の諸物価も上がっている。コスト削減の努力をしてもこれ以上は不可能だろう。
 国の求める生産調整を守り、減産に協力してきたにもかかわらず、この米価。結局は農水省を喜ばせただけでバカをみた気分だ。わが家では跡取りができたのでそのためにもがんばりたいと思っているが、このような米価ではどのようにしても続かない。

今でも農業は基幹産業
 一九九五年に食管法がつぶされて食糧法ができたとたん、米価は下がった。食管法の時代は二万円だったが、それ以来下がり続けている。そもそも、食管法は農家の所得を補償するものだったが、食糧法は流通業者の観点からつくられた法律で、また米国の規制緩和を見本につくったものだ。市場原理に任せるのは、農業つぶしを押し進めるようなものだ。
 本当に農業をつぶしてもよいのか。農業はやせても枯れても国の基幹産業だ。「コメは国土なり」という言葉もある通り、日本の文化と社会の基盤となってきた。また今でも農業が元気にならないと地方の経済も浮上しない。
 また、外貨で外国に食料を頼る手法もいつまで通用するか分らない。世界的な穀物の高騰を受けて、インドは小麦の輸出を禁止し、ロシアやウクライナ、ベトナムなども検討しているという。また中国やインドなど経済発展している大国が世界市場で食料を買い付けているし、これからは国際市場での食料争奪はいっそう激しくなるだろう。
 こうした状況を受けてか、かつては市場開放ばかり求めてきたマスコミも「農の再生」などと言い始めている。これからもっと国民的な議論が高まることを期待している。

米国との「腐れ縁」解消を
 政府に対しては、今のところ直接所得補償とコメの最低支持価格、そして役目が終わった備蓄米を食用以外に利用する「棚上げ備蓄」を求めている。米価は市場に任せず国の責任で一定の管理をするべきだし、いたずらに米価を引き下げる備蓄米放出はやめるべきだ。
 こういったことはもう十年も前から要求してきたが、まったく聞き入れてもらえなかった。農水省が農民ではなく米国やトヨタなどの方を向いているとしか思えない。そろそろこうした米国との「腐れ縁」を清算するべきではないか。
 またオーストラリアとの経済連携協定(EPA)ももってのほかだ。豪州とだけの問題ではなく、米国などとの貿易問題にも波及するだろう。一部の製造業などの利益のために日本の市場を明け渡すなど、許されることではない。


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