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労働新聞 2007年10月5日号・5面
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沖縄
復帰後最大の県民大会
歴史わい曲・戦争策動許さない
主催者予想上回る11万人結集
「悲惨な戦争二度と許すな」
被害者・遺族の思い、島動かす
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「教科書検定意見撤回を求める県民大会」が九月二十九日、沖縄県宜野湾市で行われた。会場には主催者予想を上回る老若男女十一万人が結集した。宮古や八重山で開かれた大会を含めると十二万人近くが参加、復帰後最大の島ぐるみ闘争となった。この闘いは、軍事大国化・戦争策動を押し進める支配層にとって大打撃であり、すべての平和を望む国民にとって記念すべき大勝利となった。
会場には、戦争を体験した高齢者から子どもまで、各世代が参加、会場の公園は人であふれた。プラカードで怒りを示す人もいれば、静かな面もちで怒りをにじませる高齢者もいた。
主催者あいさつで、大会実行委員長の仲里利信・県議会議長は「軍命による『集団自決』だったのか、あるいは文部科学省が言う『自ら進んで死を選択した』とする殉国美談を認めるかが問われている。全県民が立ち上がり、検定意見撤回を断固求めよう」と訴えた。
仲井真弘多・県知事は「数々の体験者の証言から、日本軍の関与という歴史の真実を覆い隠すことはできない」と国に記述復活を強く求めた。
渡嘉敷村で戦争を体験した吉川嘉勝は「私は『集団自決』の生き残りです」と沈痛な面もちで当時の状況を語った。吉川氏は、島の雑木林の「自決場」に村民が集められ、手榴弾が配られ、村長の「天皇万歳」の掛け声であちこちから「自決」が始まった当時の状況について、何度も言葉に詰まりながら話した。そして「私たち家族は手榴弾が爆発せず、母の『手榴弾を捨てなさい、生きよう』との叫びで生きながらえた」と語った。
そして「当時の経験を公の場で語れば、他の体験者を傷つけるかもしれないと悩んだ。眠れない日々が続き、兄弟からも止められた」としながらも「軍に強制された死を『崇高な死』『美しい家族愛』と結論付ける最近の風潮にはがまんがならない、語らずにはいられなかった」と悩み抜いた心情を語り、十一万人の拍手を浴びた。
高校生代表として、読谷高校の津嘉山拡大さんと照屋奈津実さんが「真実を知りたい、学びたい。そして伝えたいという思いを、こんなにたくさんの人と共有できてうれしい」とし、「分厚い教科書のたった一文、一言の中に、失われた尊い命がある」「政治が介入して真実をねじ曲げるのはおかしい。歴史は反省して次世代に生かすもの。教科書は学びの基礎。次世代にうそは教えたくない。みにくい戦争を美化しないでほしい」と力強く語った。
また女性団体や子ども会、青年団の代表からも発言があった。
最後に教科書検定意見の撤回を国に強く求める大会決議を採択、仲村信正・連合沖縄会長の音頭によるガンバロー三唱で県民の決意が一つにまとまった。
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