労働新聞 2007年8月5日号・5面

沖縄
来月に再び県民大会準備

歴史わい曲との闘いを全国へ

 来年度から使用される高校生の日本史教科書の検定で、沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」をめぐり「日本軍の強制」が削除されたことに抗議・撤回を求める闘いが、沖縄県民を中心に続いている。来月には六月に続き県民大会を開き、国に対し断固とした県民の意思を示す。米軍再編や軍事大国化を押し進めるわが国政府にとって、軍隊が住民を殺害した沖縄戦の真実は都合の悪いものであり、安倍政権はこれをおおい隠し歴史から消し去ろうとしている。この危険で許しがたい策動との闘いは今後の日本の進路を占う上でもきわめて重要で、闘いをいっそう全国へと広げる必要がある。


「沖縄の心」取り戻す機会に
松田 寛・沖縄県高教組執行委員長

 いま沖縄では、安倍政権のやることに対し、「ここまでやるのか」という怒りがわき起こっている。
 名護市辺野古への自衛隊艦船の派遣は「銃剣とブルドーザー」を想起させたし、教科書検定の問題では「沖縄戦の歴史そのものを否定するのか」という怒りがある。
 与那国島に米艦船が寄港したり、久間防衛相(当時)が下地島空港を「(軍事戦略的に)すばらしい」と発言したり、しまいには参院選が終わるやいなや小池防衛相が「出来高払い」の特措法にかかわる部分で「環境アセスメントも終わっていないんだから」と北部振興事業の凍結をにおわすなど、県民感情を逆なでしている。
 こうした安倍以降の政治は暴走としかいいようのない実態で、逆にその本質を見えやすくしている。基地を押し付ける政府・自民党に偏っている人たちにも目を見開かせている。
 私たちはこうしたことに対する闘いに際し「事態の本質を見抜き、県民のバランス感覚・沖縄の心を取り戻そう」と訴えてきたが、そうした取り組みの成果は出てきていると思うし、参院選での県民の選択、山内・糸数勝利にもそれがあらわれていると感じている。
 九月の県民大会自体は、行政や子ども会育会、PTA、県遺族会など幅広く、超党派で行うべく「沖縄戦の歴史をゆがめてはならない」という一点で呼びかけられている。この取り組みはそうした県民の心に火をつける契機となりうる取り組みになると思う。

沖縄戦は「歴史」ではない
もう二度とわい曲許さない

 今回特徴的なのは、沖縄戦の直接の体験者の中で、これまで大変な重荷を背負い沈黙を守ってきたお年寄りたちが声を上げていることだ。七月にも、戦時下に座間味村で起きた「集団自決」で、当時の助役が「軍からの命令で、敵が上陸してきたら玉砕するように言われている」と話していた事実が、助役の妹二人の証言で明らかになった。
 沖縄戦はまだ「歴史」ではない。自らの現実を抱えて苦しみ続けている人たちがたくさんいる。政府や文科省がやっていることは、そこに手を突っ込んでいるわけで、こうした個人の実体験と傷口をあれこれといじることなど、とうてい許されることではない。
 沖縄戦の直接の体験者は、あと十年ほどでほとんどいなくなると予想されている。今回、あたかも体験者が「今ものを言わねば大変なことになる」との思いに駆られ最後の力を振り絞っているように感じる。
 二十五年前の八二年にも「住民虐殺」の記述を削除しようという動きがあったが、またあと十年もすると、沖縄戦の事実さえ認めないような動きもでてくるかもしれない。九月の県民大会で「今後政府や文科省には沖縄戦の実相を否定するような動きはさせない」と、この問題に決着をつけ、戦争で犠牲になった多くの御霊の前で報告できるような集会にしたい。近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱い配慮を義務付けている「近隣諸国条項」の沖縄版ともいえる「沖縄条項」のようなものを政府に認めさせるなど、成果の出せる闘いにしたい。

40万に迫る署名集まる
全国的な声の広がり実感
 今回の教科書の問題は、県内でもNHKはあまり報道していない。これはマスコミの問題は一番大きいと思う。マスコミに頼らず、自分でアンテナを張り巡らさないと真実が見えてこない。
 本土に沖縄の真実を伝えるためには、全国の皆様にもぜひアンテナを張ってほしいし、何より今まで以上に私たちの運動・発信が求められていると思う。沖縄の現状を、問題をどうアピールできるか、より主体的な努力が必要だろう。
 「本土との温度差」などとよく言われるが、この課題の重要性は本土の人にも認識されるようになってきていると思う。検定意見撤回を求める署名はすでに四十万筆近くが全国から届いている。平和運動センターや教組など組織だけでなく、個人で集めた署名も多い。運動の広がりを実感している。
 さらに声を広げるため、全力でがんばりたい。


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