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労働新聞 2007年7月15日号・5面
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盧溝橋事件70周年
各地で集会
侵略の歴史 二度と繰り返すな
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七月七日、日本が中国への全面侵略を始めるきっかけとなった盧溝橋事件から七十年が経過した。在日米軍再編・強化や日米軍事一体化などわが国の軍事大国化と、その基盤整備とも言える歴史わい曲などの思想攻撃が強められる中、過去の侵略の歴史を真摯(しんし)に見つめ直す試みの重要性はいっそう増している。
平和遺族会が集会
侵略と一体の靖国に警鐘
「『盧溝橋事件』七十周年 日中戦争を教訓にアジアの平和と共生を考える」が七月七日、東京で開かれた。主催は平和遺族会全国連絡会で、百人が参加した。
集会は、神奈川平和遺族会の内田保彦氏のあいさつで始まった。内田氏は、本年が中国への全面侵略のきっかけとなった盧溝橋事件から七十周年の節目であることを述べ、「安倍政権が日本を『戦争をする国』にしようとしている中、いまだ傷の癒(い)えない侵略の被害者の声に耳を傾ける必要がある」と、集会の意義を語った。
次に、元中国帰還者連絡会会員の金子安次氏が講演、自らが加担した侵略戦争の事実を語った。
金子氏は「北支派遣軍」に配属された自身の経験を語った。配属直後、杭に縛られた中国人を相手に銃剣突撃の訓練を行ったが、恐怖のため銃を握れなかったこと。中国の村を襲い、上官による女性への強姦(ごうかん)の見張り役をさせられた上、被害者を井戸に投げ込んで殺すなど、毎日毎日が中国人民から奪い、殺す日々であったこと。金子氏の証言は、侵略戦争の事実を否定する政治家などへの生きた反証となる、生々しいものであった。
また金子氏は、日本に帰国後、母親がまず(幽霊でないかと)金子氏の足に触れたことを例に、「生きて帰ってほしかった、というのが親の願い。靖国神社に子供が祀られて喜んでいる親など一人もいない」と断じた。さらに、「靖国神社に祀られているのは名前を書いた紙切れに過ぎない。侵略戦争に使われた兵士は、中国や南方のジャングルなどに放置されている、そのような状態にさせた政治家などは、まったく責任を取っていない」と喝破(かっぱ)した。
金子氏は最後に、「このような悲劇は、誤った愛国心の結果。本来の愛国心は、戦争に反対し、戦争をなくす運動に参加することにこそある」と断言、参加者の大きな拍手を受けた。
続いて、平和遺族会全国連絡会事務局長の西川重則氏が講演した。西川氏は、昨年三月、中国・重慶と周辺住民四十人が提訴した、「重慶大爆撃訴訟」について説明。重慶大爆撃は、一九三八年〜四三年にかけて行われた、旧日本軍による無差別爆撃で、死傷者は十万人を超える。
西川氏は「日本では知られていないが、この大爆撃は、非戦闘員に対する無差別攻撃という意味で、米軍による東京大空襲やイラク侵略戦争にも影響を与えたものだ。日本の戦争責任の一つとして、日本国を訴えた被害者を支援したい」と決意を述べた。
集会は最後に、石原・東京都知事の靖国神社参拝の中止を求める集会など、今後の闘いを確認した。
日本のアジア侵略の事実を否定・わい曲する策動が強まる中、これと闘い、歴史の真実を再確認する取り組みとなった。
各地の日中友好協会
戦争への動きに警鐘
各地の日中友好協会も、日中国交正常化三十五周年を記念し、侵略の歴史を振り返る集会などを行った。
東京では七日、都協会による「講演と交流の集い」が行われた。三百人が参加した。
あいさつで貫洞哲夫・同協会会長は「常に歴史を忘れないことが両国間の友好、そしてアジアの平和を揺るぎないものにすることにつながる」とした上で、「国はどれだけ過去の歴史を反省しているのか。憲法九条を変えようという動きや沖縄戦『集団自決』への軍関与否定の教科書検定、従軍慰安婦への軍関与否定など、国民は厳しい目で国を監視し、再び隣国を侵略しないようにすることが必要だ」と訴えた。
講演では、野中広務・日中友好協会名誉顧問が、政治家として日中間の外交などの現場での経験などを交えて話した。
野中氏は、自身が南京を訪れた際に、いっしょに虐殺記念館を訪れた知人が倒れてしまい、「かつて自分が南京でやったことを思い出して、地の底に引きずり込まれる錯覚がした」と脅えた経験など、南京での虐殺や従軍慰安婦の強制連行に関わった知人の証言をなどを紹介し、隠しようもない歴史的真実を真っ直ぐに見直し反省する必要性を訴えた。
また盧溝橋事件以前に、日本が「満州国」をでっちあげ、軍隊を中国大陸に配備していたことなどを例にとり、「侵略戦争は突然始まるわけではない。自衛隊の海外派兵や米軍再などの動きに警戒が必要だ」と語気を強めた。
戦争に向けた国の動きに警鐘を鳴らす集会となった。
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