労働新聞 2006年7月25日号・8面 自治体

北海道夕張市
破たんの責任は国と大企業に

食い物にされた市の財政

 北海道夕張市の財政再建団体申請について、マスコミなどはもっぱら、「市の観光開発の失敗」だけを取り上げている。だが、エネルギー政策の転換や地方切り捨ての改革を進めたのは政府であり、さまざまな優遇措置を受けて進出した大企業は、バブルに踊ったあげく自治体財政を食い物にした。これらの責任こそ明確にされなければならない。夕張市の問題は、北海道のみならず、全国的な性質を持っている。「地方の縮図」ともいえる夕張市の実態に迫った。


 北海道夕張市の二〇〇五年度決算の実質負債額は約六百三十二億四千万円と、標準財政規模の約十四倍にも及ぶ。なぜこのように借金が膨らんだのか、市のたどった経過は、どのようなものであったのか。

国策の尻ぬぐいさせられた夕張
 夕張市は、かつては十二万人(一九六〇年)の人口規模を有する国内有数の産炭地であった。しかし、国による一方的な石炭産業切り捨てが夕張を襲う。
 夕張市内の炭鉱も、七三年の大夕張鉱業所以降、相次ぎ閉山させられた。八一年、基幹的存在であった北炭夕張新鉱での大事故・閉山はこれに拍車をかけ、市の人口は激減していく。九〇年には、市内から炭鉱がなくなった。
 この過程で、もともとは炭鉱会社が設置した病院、住宅、水道などの各種インフラを、市が買い取ることになる。夕張炭鉱病院の市への移管(八二年)が代表的で、これにより市は四十億円もの財政を負担することになった。
 おまけに、北炭は事故後の倒産を口実に、鉱産税の未払い分六十一億円を踏み倒した。一方で市は、十五億円もの復旧費を支出させられた。
 これら夕張市の「閉山跡処理対策費」は五百八十三億円にも及び、六百三十億円もの債務の大部分を占めている。
 「石炭から石油へ」という国のエネルギー政策転換こそ、「石炭」という町づくりの手段を夕張市から奪った上に、市民に財政負担を強い、こんにちの事態を招いた張本人なのである。

大企業を呼び込んだ観光開発
 炭鉱の完全な閉山によって、九二年の夕張市の人口は、約二万一千人にまで落ち込んだ。
 当時の夕張市・中田市政は、観光を市の新たな産業と位置づけ、特産品の夕張メロンをはじめ、「石炭の歴史村」「ガラスの森」などの「ハコもの」建設を行う。
 もちろん、このような観光開発政策を選んだ市政にも問題があろう。だが、国による石炭産業切り捨てという政策の下では、市にできることは限られていた、という面も否定できない。
 夕張市政は、観光開発を大企業に頼って行おうとしたがゆえに、結果的に大企業の「都合」に翻弄(ほんろう)されてしまったのである。

横暴な松下の態度
 財政を本格的に悪化させたのは、松下興産(現・MID都市開発)からのホテル購入(約二十億円)であった。夕張市は九二年にホテルを同社に売却、経営を委託したが、松下興産は九九年、わずか七年で、一方的に「営業停止」を決定した。市は、「地元商店街に打撃を与える」ことを恐れ、松下撤退後のホテルを買い取るはめとなった。
 このころから、市は言うところの「不明朗な」会計処理に追い込まれてゆく。
 松下興産は〇二年、市内にあったスキー場などのリゾート施設からも撤退、市は二十六億円で買収した。これによって、松下からの税収がなくなる一方、市は膨大な代金支払いと維持費の赤字補てんに追われることになった。
 松下興産は松下電器産業の子会社であったが、バブルに踊ったあげく、一兆円近い有利子負債を抱えていた。これがグループ全体に影響することを恐れた松下本社は、会社まるごとのリストラを決断、松下興産は全国のリゾート開発から撤退する。彼らからすれば、夕張市の件は「一つ」でしかないが、夕張市民からすれば死活的であった。
 このような身勝手な大企業の姿勢こそ追及されるべきだ。市民・職員は、まさにそのツケを払わされたのである。

追い打ちかけた改革政治
 この状況に追い打ちをかけたのが、多国籍大企業のための、小泉政権による地方切り捨ての改革政治である。
 〇一年には、旧産炭地への補助金として存続してきた産炭地域振興臨時措置法(産炭法)が期限切れとなり、石炭鉱業構造調整対策費や炭鉱離職者対策費などの補助金、年二億円あまりが打ち切られた。産炭法は地方交付税の分配基準にもなっており、地方交付税削減は、夕張市のような自治体にはとくに打撃が大きかった。〇四〜〇六年度の三年間で、市の歳入減は二十三億円にも及んだ。
 金融ビッグバンによる北海道拓殖銀行の破たんなど、九〇年代以降の長期不況も、夕張市経済に打撃を与えた。

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 現在、夕張市の人口は約一万四千人を切り、最大時の約十分の一でしかない。
 六十五歳以上の高齢者が全市民の四割を超える、道内有数の超高齢自治体だ。〇四年度の生活保護受給率は、市民千人に対して二七・五人と、道内六位の高水準である。市営住宅使用料の滞納は同年度で六百十四件、水道料金滞納も六百五十件。商店街は「シャッター通り」と化し、目立った産業も仕事もなく、市民は各種料金を「払いたくても払えない」状況である。
 今後は「再建団体」として、市民や市職員への犠牲押しつけが強まる。こんな無慈悲な政治があろうか。
 こんにちの夕張市の事態は、大企業依存の開発政策の限界と、地方切り捨ての改革政治の結末を示している。だからこそ、近隣の市町村だけでなく、全国の地方自治体が「他人事ではない」と思っている。
 多国籍大企業と都市部だけを優遇し、地方を疲弊(ひへい)させる改革政治をやめさせなければならない。そのための幅広い闘いが求められている。


実態伝えぬ報道に悔しさ
厚谷 司・夕張市職労 執行委員長 に聞く

 今回、財政再建団体の申請ということになった。
 負債額が大きいということ、それと、「不適切」とされている問題がさまざまに報道されている。だが地元としては、「なぜそうなったのか」ということについて、これまでの歴史経過を踏まえて検討してほしいという気持ちがある。
 例えば、マスコミでは、「観光政策の失敗」ということがよくいわれている。労働組合としては、さまざまな議論の経過もあったが、観光開発それ自身は、間違いではなかったという立場だ。
 しかし何より、観光開発という方針が出てきたことの背景にある、夕張市が産炭地であったということ、そして国のエネルギー政策の転換の大きな影響を受けたということを忘れるわけにはいかないのではないか。
 夕張は、国内有数の産炭地として、経済発展に大きく貢献してきた。そのエネルギー政策の転換は国の政策であって、観光開発は、その流れの中でやむにやまれぬものとして選んだものだ。ところが、そうした経過には、マスコミはまったくふれない。国もそれをいわず、地元の政策責任だけがいわれている。
 金融機関や基金からの各種融資にしても、小泉政権による地方交付税の削減という流れや産炭法の期限切れという中で自治体を運営していくには、そうせざるを得なかったという経過がある。これは、夕張市だけのことではない。
 とくに、交付税の削減は大きな影響を受けた。そのため、夕張市は〇二年度から職員採用や各種補助金の見直し、事業内容点検などが行われた。〇四年度からは、職員基本給カットも始まり、市民への補助金削減・撤廃も行われた。
 これが決まる過程から、「自主再建か再建団体入りか」ということが市当局から提起され、労働組合としても「公共サービスが維持されるならば」ということで、身を切る苦渋の選択を受け入れざるを得なかった。
 それにも言及されないまま、マスコミは今年の一時金の額だけを取り上げている。
 しかも、夕張市の財源、四十五億円の七割が地方交付税であることを指して、「国に甘えている」「交付税を受け取る権利はない」というような論調まであるのはひどいことだ。
 交付税は地方の均等な発展のために必要な原資であるはずで、「地方はどうなってもよい」かのような報道はおかしい。私たちも、毎日、悔しい気持ちでいっぱいだ。
 今回のことは、他の地方自治体も、他人事ではないのではないか。地方切り捨ての政策が進んでいるわけで、こうしたことはこれからも出てくるのではないかと危ぐしている。
 このままでは、地方はどこでもゴーストタウンだ。国には、地方に対する政策の抜本的な見直しを求めたい。
 ただ、最近の各地の知事選の結果や、与党内の動きを見ていると、少し、コメントやスタンスに変化も見られる。ただ、改革それ自身を抜本的に見直そうというものではないようだが。
 地方がしっかりと成り立ってこそ、中央が成り立つはずだ。単純な数値の対比ではなく、現地の状況を踏まえた政策が必要だと思う。


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