970915


ふざけるな! 怒りで辞令も耳に入らず

俺の<強制配転>日誌 (1)

飯岡 徹(上野郵便局)


八月二十五日(月)

 泊まり(深夜)勤務。十五時三十分ちょっと前に出勤。これから、いつものように翌朝九時二十分までの長い仕事が始まる。
 勤務開始直後のミーティングが終わって、持ち場の特殊室に行こうとすると課長が俺を呼び止めた。
 「飯岡君、ちょっと局長室へ」
 「なんだ、処分されるようなことはしていないぞ」と言いながら、ひょっとしたらと思い、「転勤の話しか?」と聞くと、「まあ、そんなところだ」と課長。
 「冗談じゃない! 転勤希望なんか出してないし、第一、転勤したくない理由だって言ってあるだろ!」唐突な展開に俺は無性に腹がたった。

―局長室―

 なだめすかすように課長が局長室へ俺を案内する。局長の前に俺を立たせると、すでに控えていた総務課長が「礼!」とぬかした。軍隊じゃあるまいし、何が「礼」だ。俺は無視した。

 「飯岡徹。荒川郵便局郵便課勤務の者であるが…」と局長が内示を読み始めた。「冗談じゃねぇヨ。俺は転勤希望も出してないし、する気もない。こんな命令は拒否する」と足早に局長室を飛び出した。後ろから総務課長らしき男の声が「そんなことは許されない!」と叫んでいる。「ふざけるな!」その声を尻目に俺は特殊室へ戻った。

―郵便課特殊室―

 特殊室について、今日の仕事仲間に局長室でのいきさつを話す。「なにソレ、本当?」とみんな信じられない様子だ。なかには、「飯岡さんに配転が出たなら、次は俺だ」と動揺をかくせないヤツもいる。

 この間の配転問題のあれこれや、当局のやり方、その背景などを話しているうちに、総務課長を先頭に総務課長代理、郵便課長、郵便課長代理、労担など五、六名の管理者がズラリと特殊室にあらわれた。メモを持っているヤツもいる。お決まりの「立ち会い」というやつだ。組合と当局でモメると、必ず組合員の言動を記録に残すために複数の管理者がやってくる。「××君。○時○分、コレコレと発言」。このメモが時には処分の証拠として使われてきたのだ。

 ものものしく登場した管理者はその場でまたもや「内示」を読み上げ始めた。「飯岡徹。荒川郵便局郵便課勤務の者であるが…」特殊室に緊張が走った。「仕事中にそんなこと聞いているヒマがあるか!」俺は特殊室の中をあちこち動き回りながら仕事を始めた。それに合わせて管理者の集団がゾロゾロと移動する。俺が何を言い出すのか記録をとろうと例のメモ用紙を持ちながらだ。「俺はそんなもの聞いてないぞ!」(このとき俺は頭にきてホントーに聞いていなかったので、実はどこの局に配転されるのかわからず、後で課長に聞いた)。

 こんなふうに仕事現場まで大勢で押しかけて来て無理矢理「内示」を読み上げたのは、どうしても規定通り一週間前に転勤の発令を行いたかったからだ。今回〈強制配転〉を受けた仲間の多くは、休みの日にもかかわらず当局が自宅に電話してきて「内示発令」されたという。こんなやり方で一方的に配転を強行するなど絶対に許せないことだ。俺は課長をつかまえた。「とにかく納得がいかない。局長と話しをさせろ」と申し入れると、早速課長から承諾の返事がきた。明日朝九時半からだ。

 「もうやってられないから俺は帰るゾ」「そうだよね、仕方ないよね」と心配顔の若い全郵政組合員。しかし、そうもいかない。泊まり勤務で動きがとれない俺は、電話で当日非番だった後輩の全逓分会役員に今日の一部始終を伝えた。深夜一時すぎ、開放時間に心配した妻が局にやってきた。こうして俺の〈強制配転〉第一日目が明けた。
(つづく)


連載にあたって

 いま全国の郵便局では大量の〈強制配転〉がおきています。この九月一日付で東京だけでも千人以上が配転命令を受けました。私もそのひとりです。
 民間や他の産別の皆さんのなかには「強制配転なんて何をいまさら」と思う方もいるかも知れません。でも、三月以来、数人の自殺者が出ている郵政職場の実態について知ってほしいと思い、自分自身のありのままの体験を実名で書くことにしました。
 私は荒川郵便局で地域の人びとと共に二十二年間仕事をしてきました。本当に悔しい思いで職場を去りました。
 ぜひ連載を読んで下さい。


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