970915


学生時代 返還前に訪問

一度沖縄へ行こう

木下 亮


 この秋はガイドラインの見直しが重要な課題で、なんとかそれなりの取り組みをしなければと思っています。そんなことを考えたりしていると、沖縄へ友人と行ったときのことを、つい昨日のことのように思い出します。

 当時は、まだ施政権が返還される一年前で、沖縄返還のための運動が活発でした。

 友人が熱心に誘うので、それでは夏休みに行ってみようかということになりましたが、貧乏学生であり、船で行くのがやっとでした。 あいにくというか、円をドルに換えようにも交換停止の時期だったので、免税品店で割の悪い交換をしてもらい、いっそう手持ちのカネが少なくなってしまいました。

 沖縄に着いてからは、基本的には歩いて行動しました。けっこう歩きまわりましたが、嘉手納基地のフェンスが道路側にせりだしている下を歩いたときは、二人で「ほんとうにムカツクなあ」と話し合ったものです。

 ムカツクことはいっぱいありましたが、もう一つだけ書くとすれば、米軍兵舎の芝生(しばふ)の青々としていたことです。その夏は水不足が深刻で、沖縄の人びとは飲み水にも事欠いていたので、当然、私たちも夏の日中に歩き回っているものだから、のどがかわいてしようがない。水が欲しくて、喫茶店に入っても水を出してもらえないのです。こんな時期だからサイダーでがまんするしかないか、といって飲んだサイダーがなかなかのどを通らないのです。

 そんなときでも、基地の中でホースで水をまいている女の人を、フェンスごしに見ました。「まさか飲める水ではないよな」と話しながら歩いていたら、タクシーの運転手の人が道ばたで休んでいたので聞いてみたら、なんと飲み水だということでした。その運転手があまりにも淡々と話をするので、よけいに悔しさや憤りが伝わってくるようでした。沖縄に行ってよかったと思うことは、前述のような実情を知ることができたことだけではありません。海水浴場のきれいなことが印象に残っています。きれいといってもきちんと清掃されていてゴミがなかったこと、村の人が交代で清掃しているということでした。勝連半島の石油基地建設の様子を見に行ったとき、浜でテントをはって夕涼みしていたら、近所の人が「テントで泊まらんでも家で休め」と声をかけてくれました。お言葉に甘えて泊めてもらい、夜遅くまで泡盛と豚の角煮をごちそうになりながら話をしました。そのときは、ほんとうに来てよかったなぁと思ったものです。

 そんなわけで、九五年の少女暴行事件をニュースで聞いたとき、腹わたがにえくりかえる思いがしました。この秋は、ガイドラインの見直しという全国民的な課題となってきました。国民連合の人たちも集会を開いたり、他の市民団体もがんばっています。

 今年の夏は、私の友人たちも沖縄訪問団を組織し、現地の人たちと交流してきましたが、たいへん有益だったということです。参加された人たちは、今秋いっそう元気にがんばることでしょう。読者の皆さんも、一度沖縄へ行ってみませんか。


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