労働新聞 2007年11月25日号 通信・投稿

諫早湾干拓「完工式」に抗議

海と陸から式典を挟み撃ち
やつらに負けてたまるか

佐賀県 蒼井 謙一


 「有明海SOS!」。十一月二十日、有明海、諫早湾の潮受け堤防の近くに大きな幕が広げられた。
 この日は、九州農政局らが行った諫早湾干拓「完工式」。潮受け堤防をはさんで、陸地側の「中央干拓地」では、「式典」が行われている。
 有明海異変はもはや全国民の知るところとなっている。諫早湾締め切りがとどめをさした。
 干拓の総事業費は二千五百億円。費用対効果はなんと〇・八一。まったく得るもののない事業なのだ。しかも長崎県「農業振興公社」の干拓農地の取得のための資金返済は九十八年もかかる計画だという。百年後なんて、お金の価値も社会情勢もどれだけ変化しているか想像もつかない。普通の人の常識を超えたことをやっているわけだ。しかし、これで懐を温める連中がごくごくわずかだがいるということなのだろう。

開門調査まで闘い抜く
 今の時期は、ノリ養殖の繁忙期で、ノリ漁民は参加できなかった。ある人は「彼らが忙しいこの時期を狙ったのだろう」と言っていた。しかし、海上には佐賀、長崎、福岡、熊本の漁民たち五十隻二百人が集結し、「SOS」のメッセージをヘリコプターからの映像を通じて全国へ発信したのだ。
 式典会場付近で行われた抗議集会に加わった。海上からと陸上からとで、式典を挟み撃ちだ。
 「政府はあてにならない。広く国民に訴えることで、なんとか状況を打破したいと思って、今日の行動を思い立った」
 「諫早湾締め切りで、潮流がなくなり、栄養分が海面にこなくなった。下にヘドロがたまってしまい、大雨の時の短期開門では逆にヘドロが放流されてしまい、海が汚れる。おまけに、燃料費は上がるし、価格は上がらない。私たちの生活をどうしてくれるのか。排水門を開けてくれ」
 「これで終わりじゃない。中長期の開門調査がやられるまで闘いぬく」
 大漁旗がはためく中、決意のこもった発言が相次いだ。

「宝の海を返せ!」
 シュプレヒコールをあげた。
 「排水門を開けろ!」と。
 すると、「バーン、ババババーン」と式典会場から花火が打ち上げられた。
 私たちへの脅しか! やつらに負けてたまるかと、コールにいっそう力が入る。
 「タイラギをかえせ!」
 「アサリを返せ!」
 「宝の海をかえせ!」

 式典が終わると、国会議員、農水省高級官僚、長崎県幹部らを乗せた黒塗り高級車が次々と出て行く。「祝賀会」パーティ会場へ向かうのだ。私たちもその後を追っかける。
 「宝の海を殺しておいて、何に乾杯するのか」
 「漁民の暮らしを壊して、祝うやつらの気がしれん」と抗議の声を上げた。
 「ビン・ラーディンに頼もうか。排水門を壊してくれって!」
 こんなジョークを言う人もいたが、その気持ちは本気である。

*  *  *

 この日の行動はメディアの注目は集めたが、漁民以外の参加者が少なかったのは残念だ。
 一部の連中の犠牲にさらされるのは、漁民だけじゃない。農民も、中小業者も、多数の労働者だってそうだ。「分断策」は敵の常套(じょうとう)手段。私たちは知らず知らずのうちに分断されている。このことに気づき、違う立場のもの同士が相互に支援をしながら、政治を変えていくよう、歩調を合わせていかなければ、と強く思った一日だった。


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