労働新聞 2007年11月15日号 通信・投稿

書評
奥野修司・著
「ナツコ 沖縄密貿易の女王」

激動と胎動の沖縄秘史


日本の最南端・与那国島。文字通りの「日本の端」だが、台湾までわずか百キロほどの「東アジアの中心」に位置するその島が、戦後の混乱期に一瞬の閃光(せんこう)を放った。
 沖縄は地上戦の後、そのまま米軍の占領下に置かれた。しかし世界中で占領政策を展開する米軍の人材不足は深刻で、三流の人材が回された在沖米軍政府による経済政策はお粗末きわまりなかった。対外貿易は禁止されたものの配給物資は不足、沖縄戦ですべての生産手段を破壊された人びとの暮らしは困窮をきわめた。
 こうした中で自然発生的に発生したのが密貿易だった。人びとは米軍キャンプから衣類、毛布、タバコなどあらゆるものを盗み、台湾と行き来し、コメや小麦粉、砂糖、お茶、鍋釜などを運んだ。「密貿易」の言葉の持つイメージとは裏腹に、生活に直結するもののやり取りをする真っ当な「自由貿易」であった。
 こうした交易の拠点となったのが与那国島だ。日本の植民地下にあった台湾と与那国の間に国境線が引かれるまで、与那国の島民にとって台湾は隣町であり、「ヤミ」という後ろめたさもなく商売に励んだ。米軍の強い監視下で夜陰にまぎれて船で出入りする沖縄本島とは違い、与那国では白昼堂々と港に出入りし、米軍が来れば警察官が「密告」し、黙認しない警察官は自警団によって海に放り込まれた。
 商売で島は盛況をきわめた。現在、与那国は千七百人弱の人の住む島だが、当時は交易に携わる二万人ともいわれる人が押し寄せ、「島が沈没する」などと言われた。中国、東南アジアなど各国の人と紙幣が入り乱れ、ひっきりなしに往来する船の荷揚げで、教師の一カ月分の給料を子どもが荷揚げ一日で稼いだ。本島では四九年にようやく一日五時間の制限つきで送電が許可され電灯が灯った頃、与那国では夜でも真昼のように輝き、「第二の香港」と言われた。
 さながら十五〜十六世紀初期に東アジアの海原を駆け巡り「大航海時代」を築いた琉球王国が再現されたようだ。

*   *

 本書の主人公・夏子は、この密貿易の主人公とも言うべき人物だった。身長わずか百五十センチ、三十歳ほどの女性が、卓越したリーダーシップと情報力を武器に年上の巨漢男を周囲に従え、人と船を動かし、台湾だけでなく香港や日本本土とも人脈をつくり密貿易のポンプとなった。
 しかしただ商売に長けていただけでなく、稼いだ大金をどんどんと人に貸して「投資」し、また異民族支配を憂いて沖縄人民党の瀬長亀次郎に資金提供し、警察に捕まっても「何もない沖縄のために食料を運んできてなぜ逮捕されるのか」と断固として罪を認めないような志士でもあった。
 こうした豪傑はどのように生まれたのか。戦前の米国の植民地下であったフィリピンや台湾での生活と混乱の時代の中で、夏子はきわめて客観的・唯物的なものの見方を身に着けた。「人間死ねば土に返るだけ。あの世なんてない。いま生きている人を大事にしなきゃ」などと言って驚かれた。混乱の時代だからこそ生まれた人物だといえる。
 そして時代の申し子にふさわしく、情勢にもて遊ばれる。冷戦激化の下、密貿易も諜報活動の道具として左右両陣営に利用されはじめ、水際管理を強化した米国によって夏子は捕らえられた。以降「真っ当」な商売人として第二の人生を始めるが…。

*   *

 一時代を築きながら、夏子に関する公的な記録はほとんど残っていないという。密貿易ゆえ記録も残されず、事情を知る人の口も堅い。この貴重な歴史を、十二年に及ぶ綿密で粘り聞き取り調査により、夏子を始めとする当時の人びとの躍動を生き生きと再現させた著者の仕事には感服させられる。
 夏子の娘は母を「沖縄そのもの」と表現する。本書は、沖縄の現代史を縦横にめぐる旅のようだ。勉強をしたい人にも、気分転換をしたい人にもオススメできる。

文春文庫
¥790(税込)


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