労働新聞 2007年9月15日号 通信・投稿

成果主義あおる教育委員会
学力向上だけが学校か?

生徒の成長は励みだが…
教員は残業でクタクタ

小学校教員 橋村 友香

 午後七時頃まで学校で仕事をしていたので、家に帰って食事が終わって一段落すれば、もう時計は九時を回っています。私が働く小学校では、教員の半数近くが毎日八時頃まで仕事をしています。夏休みが終わり、学校が始まってから二週間もたたないのに疲れがたまった感じなのは、歳のせいばかりではありません。
 今年の夏休みは、夏期休暇と有給休暇を合わせて二週間とれました。二週間といっても、八十歳過ぎの親の面倒を見たり、教え子の葬式があったりで、休みらしく過ごせたのは教え子が働いている温泉のホテルへの一泊旅行の時だけでした。暑い日が続いた今年でしたので、ゆったりと温泉に浸かれたのは何よりでした。

学力低下は文科省に責任
 最近は教育問題が、現場で支えている教員の頭越しに物事が決められていく傾向が強くなっています。教科書問題がその典型です。毎日使う教科書を、外部の人たちが勝手にあれを使えこれを使えと指図するのですから、現場がやりにくくなるのは当然です。
 東京足立区で、学力テストの成績を上げるための不正が発覚しましたが、現場で加担させられた教員たちを非難する前に、同情したくなってしまいます。学校に対する補助金をちらつかせて、成果主義をあおる教育委員会の指導がいちばんの元凶です。しかし、成績を上げるために手段を選ばない校長のやり方にものを言えない教師たち、そんな学校で勉強している子どもたちはどうなるのでしょうか。
 もし学校の役割が子どもたちの学力向上だけなら、いっそのこと学習塾のように教室の授業だけにすれば教師だってもっと楽になりますよ、と言いたくなってしまいます。
 教育基本法が改悪された上に、学力が低下したからと授業時間を伸ばそうという動きが聞こえてきますが、現場ではどうなるのか不安があります。学力低下の責任を現場に押しつけようとしていますが、「指導要領」に沿ってやってきた結果ですから、文部科学省の責任です。
 子どもを「地域や家庭に返す」と土曜日を休みにしました。それで休みの日は学習塾に行ける子どもと行けない子どもの格差を助長しています。今度は、人も増やさず、お金もかけずに授業時間だけが増えることになったら現場はどうなるのでしょうか。

問題山積する教育現場
 こうした議論を見ていると、学校は何をやるのところなのかと考えさせられます。現実は学力だけでなく、体力など人間形成全般にわたる問題に直面させられています。例えば、万引きした子どもを警察に突きだしても何の解決にもなりません。修学旅行や体育祭などはみんなといっしょに行動する経験が、社会に出てから役立つのではないでしょうか。
 最近増えているいる給食費の未納家庭には電話や手紙で「催促」するのも教員の仕事です。滞納している家庭は申し訳なさそうに、暮れになったらまとめて払いますからと言っていますが、連絡するほうにもつらいものがあります。
 高度成長の時代は「均質な労働者」を企業に送り出し、国際化時代となった今、「多様な能力の発揮」と産業界と政治にほんろうされる学校教育。それでも子どもたちが着実に成長していく姿を見れば、励みと同時に割り切れない気持ちが交差してしまいます。


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