労働新聞 2007年6月15日号 通信・投稿
金を貸し込んだ上に無給労働 会社にすべてを奪われた
社長と労働者は対立関係が必要 「経営参加」にだまされるな
元製版工場工場長 笠原 太郎
俺は二十二歳から印刷会社一筋で働いてきた。印刷業界に人間関係もあり、引き抜かれて、いくつかの会社を渡り歩いてきた。今年五十九歳になる。 しかし、今の俺は、金もない、家もない、離婚して家族もない…すべてを失った。どうしてこんなことになったのか。こんな状況に追い込んだ社長は、死んで責任をとってもらいたい。社長は俺たちの金をだまし取った犯罪者だ。刑務所に入ってもいいくらいなのに、のうのうとしている。何の制裁も受けないことに、怒りが込み上げる。 ◆新会社設立で工場長に 話は十五年前にさかのぼる。当時、俺は地方都市にある中堅の製版会社で働いていた。ところが、独立して首都圏に新会社を立ち上げようとする人たちに誘われて、新会社に移った。新会社の社長は銀行あがりの人間で、最新鋭の機器を導入し、社員も三十五人でスタートした。工場長となった俺の月給は五十万円で、家から新幹線通勤だった。一年ぐらいは調子が良かった。 しかし、日本経済はバブルが崩壊し、不景気になっていた。そんな中で、仕事量はそれほど変わらないけど、経営がしだいに行き詰まってきた。月五千万円くらいの売上がほしいが、四千万円しか売上がなかった。社長は自ら営業に回るわけでもなく、担当者には文句を言うものの、自分は何もやらず百五十万〜二百万円の高給を取っていた。社長の妻もパートで働き、給料は三十万円だった。 設立から二年ぐらいたって、社長が俺にカネを貸せと言ったきた。会社がつぶれるのも困るので、父親から借りて千五百万円を貸した。返済期限が来たから、「金を返してくれ」と言うと、社長は「苦しいから返せない」という。社長は社員からも十万、二十万、三十万円と金を借りていた。その上、増資ということで社員に株を買わせた。俺も一千万円くらいの株主となった。 ◆売上激減、役員に就任 五年前、月二百五十万円の家賃を払えなくなり、家賃の安いところに工場を移転した。その時に、アナログの技術者三人がクビになり、技術職から営業に回された人もいる。 昔は技術を売ったが、売上だけが評価されるようになり、現場が軽視されてきた。品質は下がる一方で、客からのクレームも増え、うまくいかない。外注先にお金が払えなくなって、しだいに取引も狭くなっていった。 営業部長と社長のトラブルもひんぱんになり、二年前に営業部長が退社した。その後、売上は激減した。それでも、現場の俺たちは経営状況を知らされず、残った人でなんとかやっていこうという感じだった。大手のお得意さんがあり、なんとか仕事はあったのでごまかしながら働いていた。 営業部長が辞めた時に、俺ともう二人の社員が新役員となった。俺たちは経営のことはタッチしていないが、会社の借金の連帯保証人になった。「会社が存続するためにはこれしかない」と言われた。社員は社長の圧力を受けており、逆らうことはむずかしかった。 その上、役員には給料も役員手当も支払われなかった。一年以上、工場で寝泊まりして無給で働らかされた。なぜ、そんなばかなことをと思われるかもしれないが、当時は「会社をつぶしてはいけない」という思いにとらわれていた。 そのうち、従業員にも給料も出なくなった。がまんしてついてきてくれた人も、つぎつぎに辞めていった。社長から「サラ金から金を借りて何とかしろ」と言われたこともある。会社には高利貸しからの電話がかかり、借金の取り立てが来る。しだいに仕事にならなくなってきたが、それでも仕事は細々と続いていた。 ◆会社倒産し、自己破産 昨年の十二月、会社がついに倒産した。倒産から三カ月間は、どうしていいのかまったくわからない状態だった。工場が処分されて住むところもない状況に追い込まれた。会社に貸した金は、一円も返してもらっていない。株券もただの紙くずだ。連帯保証人になった社員はほんとうに可哀想だ。俺は自己破産したが、家を持っている人はどうなっただろう。 バブルの後、印刷業界は技術革新がめざましく、製版屋は狂ったようにもうかった時期があった。社長も夢を見て、会社を独立させたんだろう。その夢が忘れられなかったんだろう。しかし、従業員に給料を払えなくなれば、辞めるべきだ。今から思うと社長の判断が甘かったわけで、絶対に社長を許せない。お金を借りたり貸したりしていると、人間がみにくくなる。 俺たちは役員に祭り上げられたことで、結果的に大きな責任を負わされることになった。従業員が役員になるのはおかしい。そんな会社に金を貸す銀行もおかしい。やくざの世界と同じじゃないか。 従業員と社長(経営者)は対立関係が必要だ。そうでないと何もかも奪われてしまう。正当な要求を出せないし、会社と闘えなくなる。このことは、自分の経験から強く訴えたい。 ◆新しい夢見つけたい 今は、仕事で知り合った人の工場に寝泊まりさせてもらっている。住所があれば役所の手続きもできる。たまたま救ってくれる人がいたから、橋の下に住まなくてよかったわけで、ほんとうに感謝している。 月十二万円の失業手当で生きているが、これでは家を借りることもできないし、生活するのは無理だ。年末には三百三十日給付の失業手当もなくなる。その後どうしたらいいんだろうか。仕事を探しても時給八百円程度の仕事しかない。これでは失業手当と同じくらいにしかならない。歯が痛いけど医者にも行けない。何かあったらどうしようと心配だが、生活を切り詰めていくしかない。 世間は景気がいいというが、その実感はまったくない。俺たちはますます貧乏になっていくだけだ。デザイン会社でボーナスが出ないという話も聞く。嘱託やパートなどの給料もすごく安い。頭に来るのは、大手出版社が下請けをこき使い、仕事できないやつが高い給料もらっていることだ。 最近、語学勉強を始めた。新しい知り合いも増えて、救われて、自信も持てた。これがなかったら、どうしていいのかわからなかっただろう。すべてを失ってしまったが、これからは開き直って、新しい夢に向かって生きていきたいと思っている。