労働新聞 2007年4月5日号 通信・投稿

深夜の工場・居酒屋で学費稼ぐ
アジアの共生は身近にもある

出会った留学生に声かけてね

非常勤日本語教師 広川 明子

★入管みたいな私の仕事
 皆さんは日本語学校や日本語教師にどんなイメージをお持ちでしょうか。そして、日本で学んでいるアジアの学生に対しての印象はいかがなものでしょうか。私は非常勤の日本語教師をしていますが、皆さんに少しでも知っていただきたいと思って書いています。
 日本語学校には適正校、非適正校というのがあります。一年間に「不法」滞在者が三%を超えると非適正校となります。非適正校になると、入学を希望する学生が入国管理局に提出しなければならない書類がかなり増えます。また、最長一年もらえるビザが半年となり、半年ごとに更新しなければならなくなって、学生にとっては大変なことです。このことは学校のイメージを損ない、学生募集ひいては学校経営にも大きな影響を与えます。
 このため、日本語学校は授業はもちろんのこと学生管理にも力を入れざるを得なくなり、「不法」滞在者を出さないことは至上命令です。以前は入管がやっていたようなことも学校段階でやっています。たとえば、すでに「不法」滞在者になった学生の居所がわかると、夜通し張り込んででも捕まえて成田へ連れて行き、帰国させます。これは学生全体との信頼関係を崩す危険性があります。そこで、成田へ行くまでに説得を重ね「納得」させて帰国させるわけです。帰国させた後入管に報告して、わが校は学生管理をきちんとやっているということをアピールするのです。
 私も先日、夜の東京・歌舞伎町をさまよいながら学生を捜しました。不法滞在一歩手前だったので、きちんと話した上で学生の意思で帰国させたいと思ったからです。学生の働いている店の名前しかわかりませんでした。簡単に考えていたのですが、夜の歌舞伎町の中心部分は私の想像をはるかに超えていました。かっこいいホストを追っかけているおばさんだと思われて、慌てたこともありました。
 私たち教師は、日本語を教えるというだけでなく、学生管理までが仕事に入ってきています。そして私のような非常勤講師は、授業以外の業務には何の手当も付きません。九月になって受験の時期を迎えると出願書類のチェック、面接の練習と夜遅くまで学校に残らなければならなくなります。それにさえ手当はゼロで、労働条件は劣悪だと思います。

★生活費切り詰める学生たち
 ところで、就学生、留学生には一日四時間、一週間二十八時間以内のアルバイトが認められていますが、このことを守っている学生や経営者は一部に限られています。学生はこのアルバイト代で年間約七十万円の授業料を払って生活しなければならない人がほとんどで、とてもたいへんです。二カ所かけ持ちで働いたり、食費を節約するために食品関係の仕事に就き、数人でいっしょに住むなど切り詰めた生活をしています。もちろん、両親がすべて負担している学生、あるいは授業料だけは送金に頼っている学生もいますが、それは少数です。
 本来単純労働、深夜労働などは認められていませんが、実際はそういうところしか働くところはありません。コンビニや工場、居酒屋などです。働いてはいけない、しかし彼らがいなくなったら、その店や工場は営業できなくなってしまうのは目に見えています。以前、愛知県のある工場から外国人労働者がいなくなって工場が五日間操業停止になったという話を聞きました。それが日本の現状です。
 彼らは異文化にとまどいながらも、毎日を一生懸命生きています。そして、自分たちは日本人から理解されていないと感じています。アジアの共生は国と国の問題だけではなく、私たちや皆さんの身近にもあると思います。
 日本語教師は、学生たちが日本に来て最初に身近に感じる日本人です。学生たちは恋人のこと、家族のこと、進学や将来の不安、バイト先での人間関係、健康問題、金銭問題(あ! これはちょっと力になれないかな…)などいろいろと相談にきます。私は話をゆっくり聞き、励ましたり、叱ったり、いっしょに喜んだりしながらお互いの信頼関係が強くなっていくのを感じます。
 時にはバイト先で誤解され、「お母さん…」と言って泣いてくる学生もいますし、アパートを借りるときの保証人に店長が気持ちよくなってくれたと言って喜んで報告に来る学生もいます。周囲の人たちに信頼されかわいがられているのを知ると、私は感謝の気持ちでいっぱいになります。
 皆さんが飲みに行く、食べに行く、買い物に行く先々に必ず留学生たちが働いています。態度などが良くないときは、彼らが理解できるように説明して注意してください。そして、良いときはしっかりと褒(ほ)めて声をかけていただきたいと思います。大変な留学生活を乗り越えられる一言になるに違いありません。
 私がいちばんうれしい時は、学生たちが希望の学校に進学が決まった時と、彼らから「日本に来る前は日本も日本人も嫌いだったけど日本人だけは好きになった」という言葉を聞く時です。そしていつか、「日本も好きになった」と言ってくれる日が来ることを、心から願っています。


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