労働新聞 2007年3月25日号 通信・投稿

年収は200万円以下
団結する以外に道はない

闘う決意しだいに固まる
「団体交渉の夢」実現めざすぞ

非正規労働者 朝川 渡

◆契約は一年毎、すでに勤続十年に
 私は年齢五十歳代後半の非正規労働者で、仕事は商品管理、発送作業などです。勤務先は通信販売の会社です。会社には、正規社員が三十人、契約社員とパート労働者が合わせて九十人、計百二十人が働いています。私は契約社員であり、一年に一度再契約が結ばれて、また一年間働くことになります。
 雇用はとても不安定です。賃金も言うまでもなく、とても低いのです。契約社員は時給の上限は千円であり、私は約十年近く働いておりますが、時給千円です。三年前ぐらいに入社した仲間は時給九百円です。賃上げはありません。

◆突然の更新拒否、会社への強い怒り
 この会社は、一時期、インターネットや携帯電話の普及で売り上げが急増したことがあります。しかし、同業他社との激しい競争に敗れて、売り上げが激減しました。その後、こんにちに到るまで業績は悪化し、赤字が続いています。
 そうしたことがあり、約二年ぐらい前にリストラ(首切り)が断行されました。契約社員であるわれわれは突然、契約更新の一カ月前に「会社が赤字のためにリストラをします。契約更新はしません」と言われました。
 私は、家族(年老いた介護の必要な母を抱えています)への経済的なことや自分の将来への心配で強い不安を覚えました。同時に、会社経営の失敗をほとんど説明することもなく、われわれ契約社員を容易にリストラすることで経営危機を何とか切り抜けようとする会社に対して、強い怒りが心の底からわいてきました。
 「馬鹿にするのもいい加減にしろ」と私は心の中で叫びました。

◆労組に加入、不当解雇は撤回したが…
 私はどうしたらいいかよくわかりませんでした。若いときに労働組合を仲間と共に結成し、そこで活動した経験もあります。しかし、それは「頼りになる」仲間がいたからできたことでした。今はどうか。労働者の仲間はバラバラのように見受けられましたし、労働組合をつくって雇用を守ろうと呼びかける人もいませんでした。
 会社を辞めて路頭に迷うことは嫌でした。そこで知人にある労働組合を紹介してもらい、一人で加盟しました。そして、その組合幹部が会社と交渉した結果、勤務地と業務の変更をのんで妥結しました。不当解雇だけは何とか撤回させることができたのです。
 しかし、多くの契約社員の仲間はいわれるままに辞めていきました。私といっしょに機械を動かしていた仲間は、「ちくしょう! 覚えてろ。世間に会社の悪口を言いふらしてやる」と息巻いていましたが、結局は辞めさせられてしまいました。私はそれに対して何もできませんでした。
 また、私自身も「○○政党支持」を押し付け、その選挙運動に動員することに熱心なこの労働組合に次第に魅力を失い、労組を辞めてしまいました。

◆私に「団結」の音頭、とれるだろうか?
 これは苦い思い出です。しかし、それ以降も会社の経営は赤字続きです。いつ二回目のリストラがあるのか、心配で眠れないことがたびたびあります。しかし、リストラは必ず来ると思う以外にありません。
 万が一首切りというリストラ攻撃がこないとしても、低賃金であることに変わりはありません。私の年収は二百万円以下なのです。こんな低賃金で人並みの暮らしはできないのです。 職場の契約社員のみんなは、この時給の低さに強い不満を持っています。
 会社と対抗して人並みの暮らしを維持するためにはどうしたらいいのか? わかっています。労働者が団結する以外に道はないのです。しかし、だれかが音頭を取る以外に「団結」はできません。私にできるだろうか?
 何度も「要求書」を会社に提出して団体交渉する夢を見ました。そこには、「同一労働同一賃金。全員が時給千円。また、勤務年数による生活向上のための時給**円アップ。会社の経営責任を一方的に契約社員に押し付けるな。会社は誠意ある回答をしてください」と書かれています。
 本当に暮らしを守るためには労働組合を結成して闘う以外にありません。うまくいくか否かはわかりません。しかし、立ち上がり、夢を現実に変えていく決意が、私の中で次第に固まってきつつあります。
 その目標を胸に秘めて、明日から物言わぬ職場の労働者と大衆酒場で一杯傾け、また職場の昼休み時間はみんなと過ごすように努めていきたいと思っています。


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