1995年3月の地下鉄サリン事件から7年が経過した。テレビディレクターの森達也氏は、当時、オウム事件を取材していた。しかし、オウム信者に密着した報道姿勢はテレビ界から受け入れられず、98年に自主制作映画として「A」を完成、2001年に続編「A2」を発表した。「A2」は01一年の山形国際ドキュメンタリー映画祭、プサン、ダマスカス、ベイルート国際映画祭、02年香港国際映画祭の正式招待作品となり、国際的に高い評価を受けている。3月下旬日本公開を前に、森達也監督に話を聞いた。
■「A2」のテーマをご紹介ください。
「A」も「A2」も、オウムを被写体にしながら、今の日本の社会のゆがみとか矛盾を映画の中で描いているつもりです。「A2」の大きなテーマは、共同体です。国家とか学校、会社、町内会、家族という共同体は、人類の特権です。その共同体があるから文化も発展してきた。日本は共同体に対する一体感というか従属度が強いから、経済発展もできたのでしょうが、経済が破たんした今、そのほころびがどんどん出てきていると思います。
共同体がもつ負の側面が日本で強くなっている。共同体に帰属することで、個人の思考や判断がみんな止まってしまっている。そして、気がついたらとんでもないことが起こっている。これから先、もっととんでもない恐ろしいことが起こることになるかもしれない。その警鐘というか恐怖というか、そういったものをテーマにした作品です。
僕は教祖の麻原を含めて、確信犯は一人もいないんじゃないかと思うんです。みんなが共同体のダイナミズムの中で、リアリティや想像力を失ったまま一つの大きな流れの中に入っていってしまう。だれかがふっと立ち止まって「ちょっと待て。これはもしかしたらえらいことになるぞ」と思わなかったんですね。地下鉄でサリンを噴霧して、それでやった本人もびっくりしたみたいな。
もしそうであれば、これは今いくらでも起きている話です。雪印にしても外務省にしても、厚生労働省にしても。だからオウム事件というのは、宗教集団だからとか、邪悪だからとかで片付けることではなくて、僕ら自身がいつ加害者になるかもしれない、そういうレベルで考えなくてはならない問題だと思います。
■オウム信者の印象は?
彼らはいい意味でも悪い意味でもほんとうにお粗末な、大学のサークルの延長のような人たちです。組織として形になっていない。無防備だし、隠し事をできないし、マスメディアと公安警察庁にいいようにやられてきている。そういった邪気のない無防備な集団ですけど、だから安全かというとそうとは思わない。ただ、今のオウムに内在するリスクは、実は社会の至るところにある。リスクの飽和という意味では、市民社会のほうがより濃密です。
映画では藤岡の住民たちと談笑するシーンなど、マスコミが報道しない部分を入れました。住民たちがオウム信者の胸ぐらをつかんだり、恫喝(どうかつ)すれば、オウム信者も反応します。「なんだこいつ普通にしゃべるじゃないか」と初めて分かる。同じ人間なんだというこんな当たり前のことが分からない。みんなどこかでマヒしているんです。
おもしろいのは、オウム反対の住民グループが市長選に立候補したりしている。オウムが触媒になって、住民たちは政治や社会に目覚めてしまったんです。藤岡のように住民から「信じた道を歩くのは偉いよ」と激励されるまでにポジティブに変化したところもあれば、逆に憎悪とかが吹き出した所もあります。
■再びオウムの続編を制作した意図は?
「A」をつくった後で、もうオウムは撮る気はないと公言していましたし、「A」に付け加えることは何もないと思っていました。しかし、「A」を発表した後に、自分の予測以上に日本の社会が劣悪化してきた。それは法制レベルでいえば国旗・国歌法や住民基本台帳法など、そんなに簡単には決まらない法案が世論をバックにどんどん決まってしまう。
オウムの時には、破防法を復活させるかどうかが問題になりましたね。結局、破防法は見送ったはずなのに、それがあっというまに名前を変えて団体規制法(オウム新法)としてあっさり通ってしまう。民度が明らかに変わってきているんです。時間をおいて、よりいっそうオウムに対してし烈になっている。社会全体が非常に残虐になっている。
僕はあまり社会的使命感は感じないほうなんですが、「A2」は義務的という言い方も変ですが、さすがにこれはいくらなんでもないだろうという気持ちがだんだん出てきて、それで再びオウムを撮り始めた。もちろん、自主制作映画ですから、お金を含めて大変なことは初めから分かっていました。
撮っているときは、「A」や「A2」で描いたことは、日本社会に突出した問題だと思っていたんです。しかし、米国で「9・11 」があって、その後の米国のアフガン空爆、米国の自己陶酔とも思える様相を目にした。共同体という意味合いで考えれば、もしかしたら、これは世界全部に共通する問題ではないかなと、今そういう気がしてます。世界に対しても「A2」を広げていきたい。
三月末には香港映画祭に行く予定です。国内でもたくさんの人に見てほしいと願っています。
●森 達也(もり たつや)監督プロフィール●
1956年広島県生まれ。89年テレビ番組制作会社に入社し、報道ドキュメンタリー番組を手がける。 著書=「A」〜マスコミが報道しなかったオウムの素顔(角川文庫)など多数