20011215

「障害者の日」に思う

死後、放置されたろうあ者

名古屋・松島 俊郎


 12月8日は、太平洋戦争開始の日とジョン・レノンが暗殺された日であることから、全国で反戦・平和の行動が行われました。ここ名古屋でも「戦争はやめよう」などと呼びかけるアマチュアバンドなどのコンサートが、いくつも開かれました。
 以前労働新聞で紹介された劇団「ちむどんどん」(秋吉拓史代表)などは、アフガニスタンの子供たちの平和を願うチャリティーコンサートを行いました。収益金は、アフガニスタンで医療援助や緊急食料配布を続けているペシャワール会へ寄付しました。私は残念ながら、用事があって行けませんでしたが、新聞でも大きく取り上げられていました。
 さて、12月9日は何の日かご存じですか? 答えは「障害者の日」です。これは、1981年に障害者福祉の増進を図るために障害者の権利宣言が行われ、その日を障害者の日としたのです。その後、95年に障害者基本法が公布された12月3日から障害者の日である12月9九日までが、「障害者週間」となりました。皆さんの住んでいる自治体でも、さまざまな講演会などがあったと思います。また、参加された読者の方もいるかもしれませんね。
 名古屋でも市や障害者社会参加推進協議会などが講演会、映画会などを行いました。これはこれでよいのですが、私には納得できないものがあります。それというのも、名古屋ではろうあ者が9月17日に、死後20日くらいたって発見される事件がありました。市営住宅に住むその方は70歳で、奥さんもろうあ者でした。奥さんが自宅を拝むしぐさと電話をかけるしぐさをしたのを近所の人が見て、やっと発見されたのです。
 娘さんがお母さんに「どうして近所の人に知らせなかったのか?」と聞いても、お母さんは「隣近所のドアをたたいても誰も出てきてくれない。通行人に訴えても無視された。何を言っても聞いてくれなかった」ということでした。
 この悲しいできごとは、障害者が社会の中で生きていくことの困難さを、改めて示しています。だが、問題はその後の市の対応です。
 愛知県聴覚障害者協会の人びとが区役所を訪れ、市の対応を改善するように求めました。「ろうあ者の所に積極的に訪問しないのか?」と質問しても、市側は「親族から相談があれば協力する。連絡があれば行く」という答えばかで、市が積極的にろうあ者に対応しようとしません。1人暮らしのろうあ者や高齢のろうあ者のことをいったいどう考えているのでしょうか。もちろん、これはろうあ者だけでなく、障害者全体にも同じことが言えるでしょうが。
 阪神大震災でも、東海村の放射能漏れの際でも、障害者への対応はほとんど行われませんでした。政府は「高齢社会のために」と消費税を導入し、「障害のある人も共に暮らせる社会づくり」を宣伝していますが、実態はまるで違います。大企業のために効率や生産性だけが重視される社会である限り、障害者は生きられないのでしょうか。
 そんな時に名古屋のパチンコ店の組合が年末のファンサービスで、障害者の作業所のクッキーを大量注文したという記事がありました。不況の中で作業所の仕事も減っていただけに、作業所側は大喜びだったそうです。障害者への支援にはこんな方法もあるんだと感じ、うれしくなりました。私もさっそく近所のパチンコ店に行って、そのクッキーをもらってきました。
 小さな事でもよいから、道ですれ違うだけの障害者の方に、何かできればと考えた12月です。寒さも厳しくなりますので、皆さん風邪などひかないようにしてください。