日米両国政府は九月八日、サンフランシスコ講和条約と日米安保条約締結五十周年の記念式典を開いた。小泉首相、田中外相は、日米安保体制のもとでの日本側の役割拡大に積極的に取り組むことをそれぞれ強調した。しかし、直接占領と基地の重圧の下で戦後一貫して苦しめられてきた沖縄の現実は、この安保体制の本質をなにより雄弁に物語っている。この夏沖縄の現実を学ぶスタディツアーに参加した本土在住の学生から、感想文がよせられた。積極的な若者たちは、自分たちの行動で、わが国政府の売国性、欺まん性を鋭く見破っている。
九月三日から六日まで、沖縄から考える全国ネットワーク主催の沖縄スタディツアーに参加しました。
「沖縄から考える全国ネットワーク」は、沖縄の基地問題や環境問題などに関心をもつ大学生・大学院生を中心に一九九六年に創立され、インターネットでの情報交換や、学習会、写真展の開催、米大使館抗議行動など、メンバーの行動に対する支援を行っています。
ネットワークとして、二年ぶり四度目の開催となった今回のツアーは、「本土の人びとに、沖縄のありのままの姿を直接その目で見てもらう」と同時に、「沖縄在住の若い世代にも、日頃ややもすると慣れっこになってしまいがちな問題について、再認識していく」ことを目的として企画されました。
そのために、ツアーでは基地・戦跡などの見学のほか、基地問題で長い間第一線で活躍してきた人びととの懇談会なども設定されました。また、参加メンバーはネットワークの内外からあり、職業も、学生・研究者・一般市民などで、ツアー期間中もさまざまな立場・視点からの活発な意見交換が行われました。
本土出身・在住の大学院生である私自身にとっても、このツアーが(高校時代に修学旅行で訪ねて以来)二度目の沖縄訪問となり、多くの貴重な経験をすることができました。
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沖縄戦の戦跡の一つであるアブチラガマ(野戦病院・住民避難に使われた鍾乳洞)では、自分の意思でなく国家の意思によって、漆黒のやみの中で孤独な死を迎えさせられた多くの人びとを思い、胸が塞がれました。
一方、「現在」に目を移すと、巨大な米軍基地が本島内のどこに行っても住民と隣り合わせに広がっている状況や、街中を闊歩(かっぽ)する米兵たちを目の当たりにして、「基地の島」としての沖縄を痛感しました。
また、開発問題で揺れる沖縄市の美しい泡瀬干潟を歩き、基地・公共事業依存型の沖縄経済がもつ矛盾ゆえに引き起こされてきた環境破壊の問題点をも実感しました。
そして何より、沖縄の抱えるさまざまな問題に取り組む、多くの素晴らしい人びとと出会い、実際にお話を聞くことができました。
沖縄市中部地区労事務所でお話を聞いた有銘政夫さん(反戦地主、違憲共闘会議議長)は、長年にわたり軍用地返還闘争を担い、「特措法」の違憲性を問う闘い、軍用地占拠による(返還されてもなお残る)経済的損失への補償要求などで精力的に活動している人です。
「基地内での雇用は、普天間基地でも百人程度であることを考えれば、北谷町で行われているような返還跡地開発によって、より大きな雇用拡大が望める」こと、「米国にとっても沖縄の米軍基地の七五%を占めている海兵隊が駐留する根拠は弱く、むしろ日本政府の『思いやり予算』によって引き寄せられている」ことなどを、有銘さんのお話で初めて理解し、改めて私たちの日本のあり方を考えさせられています。
一方、読谷村でお話を聞いた福地廣昭さん(沖縄人権協会、沖縄ベトナム友好協会)は、戦後沖縄の復帰運動・平和運動で重要な役割を果たし、最近は沖縄と諸外国との交流活動にも精力的に取り組んでいる人です。
その経験をもとに、明治以降(沖縄戦・占領時代の苦難を経て)現在に至るまでの沖縄の歴史が克明に語られました。その上で、これまで一貫して軍事的に利用されてきた沖縄の地政学的位置を、世界に誇れる固有の文化を前面に掲げて、平和的な経済や科学技術などの面で生かしていきたいとのことです。私にとっては本土側の意思が、沖縄の平和的発展を妨げてきている事実を深く認識させられる話でした。
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沖縄で出会った素晴らしい人びとは、他にも数多くいます。
名護市辺野古で海上基地反対運動をしている「命を守る会」の住民の方からは、「自分たちが味わわされ、家族も友人も殺された戦争の悲惨さを、君たち若い世代には絶対に経験させたくない。だから戦争のための基地建設には断固反対している」という強い信念を伝えられ、若者として胸をうたれるものがありました。
また、辺野古から程近い瀬嵩(せだけ)で同じく基地反対活動をしている渡久地さんと成田さんらは、自分たちの生活圏である海・土地を守る象徴として、世界に向けて「ジュゴンの保護」を訴えかけているとのことです。そして、基地・公共事業依存経済ではない、「経済と生き方の自立」をめざしているそうで、地域に根差した新しい運動の息吹を感じ取ることができたように思います。
他の参加者も皆それぞれに沖縄の抱える問題を実感し、自分に何ができるか、深く考える契機とすることができたようです。本土からの参加者の一人は、「振興策で基地賛成派が増える中、県内の反基地派が妨害や嫌がらせを受けていることを認識した。(単なる外からの同情にならずに)本土の人間ができることは何か、本当に真剣に考えなければならない」との感想を述べていました。
私も、沖縄の抱える問題を、沖縄だけの問題としてではなく、日本全体の問題、アジアの中でわが国の進路の問題としてとらえなければならないということを痛感しています。諸悪の根源である日米安保体制を打ち破って、自主的で平和な国の進路への転換をめざすために、自分の足元からできることを模索し、地道に仲間を広げて、少しずつでも行動していきたいと思います。
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