20010825

軍国主義一色の靖国神社
戦争賛美に肌寒さ感じる

戦時中にタイムスリップ

教員 吉田 道雄


 東京に行く機会があり、小泉首相が参拝するということで騒がれている靖国神社を初めて見に行った。八月十五日を数日後にひかえ、ずらりと右翼の街宣車が横付けされている。
 まずびっくりしたのが、拝殿前の八月社頭掲示板に、戦死した陸軍将校が子供に宛てた一文が大きく掲げてあったことである。
 「・父は御国の為に戦死するも其魂は永久に靖國神社にありて汝等の日本人としての奉公を守らん 不平不満 心に弛が来れば靖國神社に来れ・最近刊に明治大帝御近講全集を特に読み日本人となれ」。
 いたる所に「菊の御文」、巨大鳥居、大砲などの武器展示。突然私は戦時中にタイムスリップしたと錯覚した。目にするのは戦争と戦死をたたえる物ばかり。一言でいえば時代錯誤である。
 記念館では「かく戦えり。近代日本」と題した特別展が開かれていたが、「海ゆかば」や「軍艦マーチ」に送られる兵士、明治から日清・日露などの戦果、爆弾三勇士にみられる兵士たちの犠牲が美化され、戦前の教科書そのままの内容が展示されていた。戦前も戦後も完全に同じである。広島・長崎の原爆展を見たときとは意味は違うが、同じような肌寒さを感じた。
 感想文コーナーには、二十三歳の学生が「靖国は天皇のために命を捧げた人だけしか祀(まつ)っていないのはおかしい。小泉首相の靖国神社参拝は反対である」ということを書いていた。そのような批判的感想にはなぜか赤ペンで大きく×印がつけてあり、肯定的な感想には◎がつけてあり、百点と採点してあるのもあった。あの境内では物が言えない。非国民といわれるような雰囲気である。
 ここでは天皇や国のための死は賛美され、最高価値(神)として位置づけられる。アジアの犠牲に対する反省はまったくないし、憲法感覚もない。多くの犠牲者を出した戦争そのものへの反省もまったくない。もちろん靖国神社の戦争責任は重大である。戦後、GHQは靖国神社を廃止しようとしたそうであるが、その場で私もそう思った。
 私は小泉首相より数カ月先輩である。私の時代は、戦争遂行者の断罪がニュースや映画マスコミでいわれた時代である。
 漫談家の西条凡次がNHKの放送で、天皇のことを「てんちゃん、てんちゃん」といっていた時代。広島・長崎、アウシュビッツ、七三一部隊、歌や映画やテレビ(「私は貝になりたい」など)で教育されてきた。戦争の恐ろしさは体験してないが、肌で感じることのできた時代であった。
 だから、私たちの時代は、小泉首相がいう戦死者を悼む気持ちを靖国神社に直結することはほとんどなかった。まして私より若い小泉首相が、靖国参拝をしたいといっている心情は、非常に作為的で意図的である。
 若い自民党やその他の議員たちが靖国に参拝に行くことそのものが、新憲法を否定し戦死を美化していることをマスコミもいおうとしない。
 靖国は、「ポア」といって殺人を美化していったオウム真理教以上の国家的犯罪を犯した。議員を世襲の職業にしている自民党二世議員たちの、軍国主義的妄想を暴露しなければならない。

ページの先頭へ