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新ガイドライン関連法案を廃案に(2)

冷戦にけじめつけ新しい外交を

東京国際大学教授・前田 哲男氏に聞く




 政府は五月の小渕首相訪米前に新ガイドライン関連法案の成立をもくろみ、衆院にガイドライン特別委員会を設置した。これまでの国会審議は、新ガイドラインの危険な本質を国民の前に明らかにできていない。わが国の進路にとって重大な選択を意味する新ガイドラインが出てくる背景や新しい安全保障のあり方について、東京国際大学教授の前田哲男氏に聞いた。

安保変質の是非が問われるべき

―自自連立政権が成立し、新ガイドライン関連三法案の国会審議が始まっています。新ガイドラインがでてくるに至った背景、情勢を聞かせて下さい。

前田 今起こっていることは冷戦以降の安全保障のあり方の総仕上げの段階といえる。

 日米安保条約の再定義の動きは、ジョセフ・ナイ氏の東アジア戦略構想(EASR)によって、一九九五年から表面化するわけだが、もとを正せばソ連崩壊による冷戦終了後、米国が世界秩序を単独で確立しようとする過程において、それまでの共産主義を敵とする対東戦略を、対南戦略へ転換するところから始まった。

 第三世界の民族主義、あるいは米国が「ならず者国家」と呼ぶ国との紛争、そうした地域紛争への対処へシフトしていくプロセスが始まった。その最初の現れが、湾岸戦争だった。

 米国の全体戦略の調整が進むなかで、それと並行して、(やや遅れながらだが)同盟関係の復旧が求められ、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大をはじめとする同盟関係への波及が始まった。

 日米関係では、九五年二月の東アジア戦略構想でそれが表面化し、安保条約の位置づけが変えられた。これまでの日米安保は、日本への侵略に対して米軍の援助のもとに専守防衛で対処するというものだったが、今度は、米国が関与する世界の地域紛争に日本が協力する、という内容に変質した。

 あとの経過は周知のように、九六年四月の安保共同宣言、九七年九月のガイドライン見直しの決定、それに基づく九八年四月の新ガイドライン関連国内三法の国会上程、と続いたわけである。この一連の流れは一貫した方針に基づいて具体化されている。

 だが、この流れはいくつかの支障によって乱された結果、分かりにくくなっている。一つは、沖縄における九五年九月の少女暴行事件と呼ばれる事件によってシナリオが崩れそうになった。もう一つは、日本の景気後退によって新ガイドラインの優先順位がうんと下げられてしまった。シナリオ通り進まなくなって、かなり迷走したり、もたもたした結果、われわれの目から隠されたり、本質が明らかにならなかった部分が出てきた。

 それが今年の通常国会から明らかになりつつある。冷戦後戦略の総仕上げという意味をもっていると思う。それは、社会主義ソ連を共通の敵として維持されてきた安保条約が別のものに変質していく、プロセスでもある。

 本来なら、安保条約を改訂するということの是非が、国民に対して問われなければならない。にもかかわらず新ガイドラインという、きわめてこそくな政府間の取り決め、国会の承認を必要としない行政文書によって、安保条約の変質を米国に約束し、「文書の実効性を確保するため」という名目で、国内法が整備されるという、まやかしの政治処理によって事態が進んでいく。このことも問題を分かりにくくしている。争点をはっきりさせない。はっきりさせれば「憲法か安保か」「新しい冷戦構造なのかそうではない安全保障なのか」という争点が見えてくることを恐れて、政府は新ガイドラインという行政文書の形式にしたんだろう。そういう流れをきっちりつかまえておくことが大事だと思う。


アジアからますます遠ざかることに

―新ガイドラインに対して、朝鮮民主主義人民共和国はもちろんですが、中国も改めて警戒感を高めているように思います。

前田 中国が懸念し、反発している理由には米中関係も、中台関係もあるだろうし、さらに米国のイラクに対する武力攻撃のようにハイテクをもってする戦争、そこに安易に接近していくことに対する警戒、様々なものからなっていると思う。

 その一つに、日本の中で周辺事態の問題がある。自自連立のなかで、小沢氏が「台湾が入るのは当然ではないか」と言いだし、政府はあいまいな態度をとった。

 だが国会がはじまって周辺事態の概念に対する議論が起こってきて、そこでは当然、地理的な意味を含むものだ、安保の極東の範囲とおおむね一致する、と答えざるをえなくなった。となると「中華民国」の支配下を含むというのが六〇年安保の統一見解であったわけだから、それを「台湾」と読み替えてこんにちも維持している、そういうことが表面化してくる。

 日本は米国に対してはそれは修正しなかったが、実は中国に対しては、七二年の日中国交回復時の共同声明で実質的に修正している。共同声明そのものが、台湾条項を落としたと受け止められるようなニュアンスをふくんでいるし、大平外相が一時期「消滅した」という言いかたをしたことがあるから、中国としては、終わったもの、はずされたものと理解していたのが、また出てきた。

 日本は米国に対してはそれを言っていなかったので、米国は、新ガイドラインの中では当然それを含んだものと理解するだろうから、その板挟みになった。それが今あらためてめて明らかになって、中国の反発を招いている。

―日本は対米従属でアジアから孤立する道を歩んでいると思いますが、新しい安全保障をどのようにお考えでしょうか。

前田 東西冷戦が終わったことによるけじめを日本が安全保障政策の上で何一つしていない。それが前提であり、問題の出発点であると思う。

 どのようにけじめをつけるかというと、第一は、沖縄に代表される冷戦期に形成された膨大な基地をきちんと処理することだ。二番目は、とりわけ北朝鮮との間にあるような不正常な関係に対して、戦前戦後を通じた処理を外交的に行う、この二つがけじめのシンボルになると思う。他にもあるが、代表としてこの二つがある。

 東西冷戦というのは日本だけではどうしようもできなかった側面もあるわけだが、日本がまずやるべきことは、国際的な緊張状態の中で培われてきた負の部分をきちんと取り除くことである。そのあとで、米国との関係をどういうふうにするか。国民が安保条約をもし受け入れるというなら、どのような安保条約にするのか、ということを決定していく。そうしたけじめを何もしていない。

 自動的にソ連脅威論がテポドン脅威論に転移するという非常におかしなやり方をしている。こういうなかで、日本は外国を敵視しないといっても全く通用しないわけで、アジアの中からますます遠ざかっていく方向に行かざるをえない。

 国民世論をみると安保条約を廃棄するという意思はまだ多くはない。しかし安保条約が冷戦期に果たしてきたマイナスの部分を取り去っていく、例えば沖縄の基地問題を解決することに対して、大きな支持があるし、地元を含めて強い要求がある。それを一つひとつきちんとすること、それは国内問題であり、アジアに対するメッセージにもなる。そこから日本の新しい安全保障政策が始まるべきだ。それがなされていなくて、安易に新しい敵に移行して行くところに今回のガイドラインを含めて大きな問題がある。


まえだ てつお

 一九三八年生まれ。長崎放送記者を経て、フリージャーナリストとして各地を取材。九五年より現職。各地で講演会を重ね、非核・平和運動に貢献。主な著書は「戦略爆撃の思想」(現代教養文庫)「ぼくたちの軍隊」(岩波ジュニア新書)など。


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