東京大学名誉教授・隅谷 三喜男氏に聞く
小渕政権は、新たな日米防衛協力の指針(新ガイドライン)関連法案の早期成立をもくろんでいる。わが国を米国の世界戦略に縛りつける、危険な道を許さない国民的議論と運動が強く求められている。新ガイドライン問題などについて、最近、「沖縄からの問いかけ」を著した隅谷三喜男・東京大学名誉教授に聞いた。
新ガイドラインは何のため
新ガイドラインが問題になっている。新聞や雑誌でも多少議論になっているが、一九七八年十一月の旧ガイドライン締結当時は、新聞や雑誌ではほとんど問題にならなかった。
旧ガイドラインも日米安保条約に基づくものだが、日米がどういう姿勢で当時の状況に対応し、日本が責任をどう負うかについて「話し合う」という内容になっている。何らかの政治的決断やそれを法制化する段階にはないということで、日米の両当事者が話し合ったというように、日本政府は説明をしてきた。つまり、日米のさまざまな対話の一環でしかないように言ってきた。
しかし、話し合ったことについては両政府が実際に進めようと、了承し合っていたものだ。こうして、基本的な姿勢を既に決定しているにもかかわらず、法体系や条約にならないということで、国会に正式に報告しない。だから国会も問題にしなかった。
もともと、日本は武力を持たず、安保条約によって米国がそれをカバーし、日本の安全保障に対してある種の責任を負い、日本はそれに対応するだけの対処をするということだった。つまり、日米安保条約の対象は日本の安全保障の問題だった。
それが旧ガイドラインの時には、すでに日本の周辺の問題にも議論が及んできている。そこで安保条約が変質した。そのことに何も議論がなされないまま、それから今日まで、ガイドラインは定着してしまった。
新ガイドラインでは、ソ連の存在に代わり「周辺事態」ということを持ち込んできた。依然として中国があり、一方で北朝鮮問題がある、ということで、そういう「事態」を設定する。だから、日本の安全保障は後ろにいってしまって、アジアを中心として、さらに中東まで、どういうふうに日米が責任を負うか、ということになっている。米国の世界戦略の一環として、日本がどういう機能を持つのかということだ。
そのため、新ガイドラインについては世論が多少とも取り上げている。しかし、米国にしてみれば、旧ガイドラインで日本はもう何歩も踏み出しているではないか、ということだ。今回は、ガイドラインを実際に法制化して、ソ連がなくなった状況の下で両国の協力関係をどう考えるか、責任を負うかをハッキリさせるということだ。防衛庁も米国の尻馬に乗っている。
しかし残念なことに、新ガイドラインには多少の批判的な声があるものの、現在のところ、かつての安保闘争のようなことはない。事実上、中東まで範囲に含めていることについては、世論も行き過ぎと感じているだろうが、アジアについてはどうだろうか。新聞などで多少疑問の声はあるが、一般的には国民の関心は薄いのではないかと心配だ。冷戦体制解体後の安保条約についての議論をきちんとしないままにきたのが大きな問題だ。先日の参議院選挙でも、ガイドライン問題はほとんど取り上げられなかった。国会でも、安保問題は全然議論にならず、「総与党化」している。安保への批判がなければ、新ガイドラインへの反対も何もあったものではない。安保条約に問題があることを、繰り返し主張しなければならないと思う。
沖縄に目を向けよう
太平洋戦争で、現実に戦場となったのは沖縄だけで、多数の人が亡くなった。比重でいえば、軍人よりも非戦闘員が多い。
戦後、本土も米国に占領されたが、沖縄は占領のされ方が違う。本土は間接統治で、実際の統治は日本の政治機構を使った。沖縄にはそういうものがなく、米軍が直接統治した。五一年のサンフランシスコ講和条約で本土は「独立」したが、沖縄は引き続き米国に委任統治された。本土の多数は、独立したということで非常に歓迎したが、沖縄では、講和条約の発効日を「屈辱の日」と呼んでいる。
もちろん、本土でも講和条約に対する激しい批判があった。しかしそれは、ソ連や中国などが加わらない「片面講和」だという批判が大部分で、「沖縄を捨てた」ことへの批判はほとんどなかった。沖縄の人は統治する米軍も恨んだが、見捨てた本土を非常に恨んだ。
七二年の日本復帰の際も、本土並みになる、つまり基地はほとんどなくなると期待したが、基地はそのままだった。沖縄の人は、また見捨てられたのかと思った。このように、本土は沖縄をずっと見捨ててきた。沖縄が本土を批判するのは、本土側にそういうことへの理解がないことだ。私は最近、「沖縄の問いかけ」という本を書いたが、趣旨はそういうことだ。
今回の沖縄での女子高生ひき逃げ死亡事件も、以前からの状況の延長だ。外務省も、米国にもっとハッキリと抗議すべきだ。
ただ、沖縄の非常に大きな問題は、皆が心の中では米軍基地に出ていってほしいと思っても、出ていったら経済はどうなるかという心配もあることだ。基地労働は他に比べて待遇が良く、現在でも沖縄は失業率が本土の倍もある。基地がなくなったらどうなるか、その状況をどうしたらよいのか、沖縄には苦悩がある。それをわれわれも理解する必要がある。戦前から沖縄は貧しかったし、米軍統治下で、日本の高度成長過程にも取り残されてきた。さらに、米軍基地は地勢上も重要なところにある。その経済をどう発展させられるか、自由貿易地域という構想を含む沖縄県の「国際都市形成構想」には、一つの可能性があるのではないかと思う。
日本はアジアと共に生きるべく
日本の政治家や外務省は、米国には非常に低姿勢だ。どうしてあのようになってしまったのか。フィリピンも米軍基地を撤去させており、アジアはアジアとして、もう少し互いに親しい関係を持っていくべきではないか。現在の日本は米国の顔色ばかりを見ていて、アジアの中に入っていけない。
アジア諸国とのそれぞれの共同歴史研究なども、日中では何とか話し合いがついて出発したが、他の諸国とも理解し合い、協力し合う体制をつくるべきだと思う。
すみや・みきお
一九一六年生。東京大学経済学部卒業、同教授、信州大学教授を経て、八八年まで東京女子大学学長。現在、日本学士院会員。中国社会科学院名誉高級研究員など。「新しい社会保障の理論を求めて」(東京大学出版会)、「沖縄の問いかけ」(四谷ラウンド)など著書多数。