深刻な経済危機
立正大学経済学部教授・侘美 光彦氏に聞く
八月末、ロシアの金融危機を契機に世界同時株安が発生するなど、世界経済は激しく動揺している。とくに、日本はデフレスパイラル(デフレ悪循環)に入ったともいわれ、一九二九年大恐慌時の米国に酷似しているとされる。小渕政権は「日本発の世界恐慌は起こさない」と繰り返し発言しているが、世界のどこで危機経済は、いっそう破局の危機をはらむ状況となっている。大恐慌と現在の危機の類似点などについて、侘美光彦・立正大学教授に聞いた。
今回の不況が「大恐慌型」といわれるのには、主として二つの理由がある。
一つは、実体経済の悪化が当初は緩やかに進行する。しかし、だんだんと銀行の経営が悪化し、銀行倒産が増え、貸し渋りが進み、それが実体経済をさらに悪化させるという悪循環だ。株価の暴落は、実体経済の悪化の促進要因にすぎない。
第二の点は、デフレスパイラルが発生したことだ。
デフレは景気が悪化した時物価が下がることだが、第一次大戦前の恐慌では、原料価格も賃金も下がり、投資条件は好転した。この場合、景気は比較的速やかに回復し、資本主義の発展が再び開始された。この過程は「循環性恐慌」と呼ばれ、逆説的だが、これが周期的に起こった英国などでは資本主義が急速に発展した。
ところが二九年の大恐慌の時には、まったく違うデフレとなった。景気が悪化して物価が下落すると、投資条件がさらに悪化してしまう。投資が縮小すると、需要が減少する。すると、また投資が縮小する。まさにらせん的にデフレが進行する。これがデフレスパイラルだ。
このデフレスパイラルが、日本でも昨年末ないし今年はじめからはっきりと現れている。こういう点で、現在の不況は大恐慌と似ている。そこで、従来の不況とは違って、「大恐慌型」不況と呼ばれるべきである。
デフレスパイラルの発生根拠
では、大恐慌時には、なぜ単なるデフレではなくて、デフレスパイラルになったか。まず、二〇年代の米国についてみてみる。
一番重要なのは、二〇年代に大企業による独占化が拡大したことである。それ以前からの鉄鋼、石油に加え、自動車、電力産業などでも独占が広がり、これらの産業では製品価格が固定化されるようになった。そして独占企業は、景気が悪化しても価格を下げない。つまり、恐慌の中で「価格の下方硬直性」ということが、はっきりと現れてくるようになった。一方で、農産物のような自由競争的な商品は恐慌の過程で生産過剰となり、価格は暴落した。
もう一つは、賃金が下がらないことだ。好況期には大企業が優秀な労働者を高い賃金で雇い、賃金を上昇させることが消費を拡大させるとして、賃金が上がっていく。また、恐慌が発生すると、当時のフーバー大統領は、賃金固定化政策を推進した。こうして、「賃金の下方硬直性」が現れた。しかし、中小企業の労働賃金ははっきりと下がり、両者の間に格差が拡大した。
この二つの理由によって、大企業は需要は下がっているのに製品価格を下げないので、操業率を下げ大幅に生産を縮小した。また、パートタイマーを増やしたり失業者を創出したりした。だから、労働者への賃金支払総額は大幅に減った。これが、需要をさらに減退させた。
こうした、米国の三〇年代にみられたような、大企業の独占による価格の下方硬直性や賃金の下方硬直性は、第二次大戦後の先進国ではどこでも存在している。だから、いったん物価が下がり始めたら、大恐慌と同じことが始まる可能性がある。
もちろん、恐慌を回避する体制が、とくに五〇年代後半から米国を先頭にできあがった。
一つは、預金保険機構や中央銀行の「最後の貸し手機能」など、金融的セーフティーネットができ、銀行恐慌を回避する体制がつくられた。
もう一つは、いったん上がった物価が下がらないという、不可逆的物価上昇の機構だ。簡単にいうとインフレ体制ということで、労働者への定期的な昇給などだ。物価が下がらないのだから、独占価格や賃金の下方硬直性は現れない。だから、デフレスパイラルも現れない。
そういう仕組みができあがった上に、さらにいくつかの条件が重なって、六〇年代の世界的高度成長が生まれた。
「市場主義」が危機を深める
しかし、このインフレ体制が進んでいくと、七〇年代には不況下でも物価が上昇するというスタグフレーションが起きた。財政赤字も増え、「大きな政府」の悪い面が出た。それを是正しようと、レーガンとかサッチャーなどによる「市場主義」が各国で採用された。それが、規制緩和や資本移動、金融市場の自由化だ。
その中で、先進国では日本だけに長期的な卸売物価の下落が発生した。ピークからみると、卸売物価指数は二〇%以上も下がっている。その結果、デフレスパイラルが進行し始めた。
市場主義者は、規制緩和の徹底や構造改革で経済が回復するといっているが、ひとたびデフレスパイラルが起こっているときこれらを行えば、それは弱小企業を倒産させることになり、不況はますます激化し、デフレスパイラルもさらに進行する。いったんデフレスパイラルに陥ったら、少なくとも規制緩和は一時ストップし、景気回復を優先させるべきだ。
世界不況の可能性も
デフレスパイラルに入った場合は、あらゆる経済政策が効かない。
仮に公共投資や減税で需要を拡大しても、一時的な効果に終わる。投資期待が減少しているので、需要拡大は次の投資に結びつかない。
デフレスパイラルをくい止めるには、物価下落を阻止しつつ、同時に内需拡大をする。そして、投資が増える条件をつくることだ。だが、具体的にはできるかどうかは疑問だ。
デフレスパイラルがさらに進行する可能性もあり、日本経済がさらに悪化し、アジアや中国の通貨切り下げになり、三〇年代と同じように世界経済がどんどん縮小することもありうる。日本では失業が増え、賃金カットが進むと、デットデフレーション(債務デフレ)が起こり自己破産が増え、銀行の不良債権はもっと大規模になる。大恐慌のときにはこの債務デフレが発生し、全面的な銀行恐慌が起きた。
日本経済のいっそうの悪化が、世界的にもこのような大恐慌型の不況を拡大する可能性が存在する。
たくみ・みつひこ
一九三五年、愛知県生。五八年東大経済学部卒。八〇〜九五年同大学教授。九五年同名誉教授。同年より立正大学経済学部教授・同経済研究所所長。著書「『大恐慌型』不況」(講談社)、「世界大恐慌・一九二九年恐慌の過程と原因」(お茶の水書房)など。