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アジアに開かれた音楽を

病んだ社会にかみついて

底辺の呼吸をロックで歌う

ロックミュージシャン・生田 卍さんに聞く


 反原発の市民集会で聞いたロックバンド・SO―SOの音楽は、和太鼓や笛を取り入れた独特のひびきをもっていた。日本の社会問題を歌い続け、アジアのミュージシャンとの交流を通じて新しいロックを切り開いている、SO―SOリーダーの生田卍さんに話を聞いた。

底辺の人びとと生きる音楽

 僕がロックにひかれたのはビートルズやローリング・ストーンズの影響です。もともとロックというのは黒人のリズム&ブルースから生まれたもの。社会の底辺に生きる人びとの音楽であり、社会の矛盾にかみついていけるのがロックなんです。その精神がビートルズやローリング・ストーンズのなかに脈々と生きていた。

 ところが不幸なことに、日本にはロックがおしゃれなファッションとしてしか入ってこず、人畜無害な音楽にされてしまった。

 たとえば、リストラとか単身赴任とかサービス残業のことを誰も歌ってないじゃないですか。ものすごく多くの人が直面している事態を表現できないロックというのはおかしい。底辺の人びとの呼吸みたいなものを伝えるのがロックなんです。

 もちろん、あえて生々しい現実を歌でまで聞きたくないという人もいるでしょう。でも、われわれが本当にしんどいときにそばにいてくれるような音楽は、いま日本にはないんじゃないかと思います。

 そういう意味で欧米のロックには脈々とその伝統があって、例えば、イギリスのU2とかはすごく労働者のことを歌うし、いまの世の中がどれだけ病んでいるかということを歌う。いまアメリカのレコードの売上の三分の一はそういう音楽です。アメリカではこの三、四年くらい、社会問題をきちんと歌わなければ相手にされない。いまアメリカのロックはすごくいいですよ。

フィリピンで受けたショック

 僕らは欧米のロックへのあこがれがあって、それにできるだけ近づきたいと思っていたんです。それが九一年にフィリピンへ行って、ものすごいショックを受けました。マニラのライブハウスのシンガーたちを目の当たりにして、目からウロコが落ちる思いでした。それまで欧米のロックしか見えてなくて、アジアにいい音楽があるなんて思っていなかったんですね。

 フィリピンは四百年間スペインの植民地で、百年間アメリカの支配を受けた。故郷の民謡を唄うと、スペイン民謡になってしまう。僕が会ったミュージシャンたちは、五百年間失われていた自分たちのアイデンティティー(主体性)をいまこそ取り戻すんだという意識がすごく強いんです。

 実際に、彼らはスペインの影響を受けなかった山岳地帯とか先住民のところに弟子入りして、民族がもっていた固有の音階のようなものを学んで、それをみごとにロックと融合させている。それがショックだったんです。

 なんてすごいやつらだと思った。例えば、楽器を使うだけだとか、リズムを使うだけだとか、そんなことはだれでもできるけど、それではただのパクリなんです。そうじゃなかった。独特のなつかしさとか、説得力がある形でそれを融合していて、音楽自体すばらしいものでした。

 彼らはアジア人であるということを音で主張しているんです。それは、アジア人以外は排除するという意味ではなくて、「同じ米を食べて米作りをしている人間であればわかるでしょう」というもので、すごく普遍性があり、すごく開かれたものなんです。

日本の伝統音楽は表現の宝庫

 日本人、アジア人としてのノリがあってもいいんじゃないか。そう思ったら、意外なことに自分のなかからそういうのが出てくるんです。自分たちのなかにわらべ歌とか母親の子守歌とかがある。日本人のなかに、人から借りてきたものではない伝統的なリズムも音階もあるんです。

 津軽には津軽の音楽があるし、沖縄には沖縄の音楽がある。そこにはわれわれが継承して行かなければならない表現の宝庫がある。津軽じょんがらも佐渡おけさも小倉の祇園太鼓もいいですよ。そういうバリエーションが日本にあること自体がすばらしい。

 八木節や秋田音頭は語りのなかで土地の有力者なんかをすごくけなしたり、ひわいなことをいう。僕はそういうのをやりたいですね。ちょっとひわいなことと今の世相をからめて、リズムは八木節で。いまラップがはやっていますが、八木節のラップだとか秋田音頭のラップがあってもいい。訴えなければならないことは山ほどあるわけですから。

 八木節のリズムで今の証券問題なんかを語ったらぜったいカッコいいと思う。でも八木節保存会の人にはそれはできない。われわれロック屋が横からパクるしかない。それはたぶん、アジアの人に開かれて、第三世界の人に開かれる音になりうると思います。

 アジア人共通の音階は歴然としてあります。われわれがアジア的であればヨーロッパ人もアフリカ人も絶対楽しんでくれる。実際に彼らはサブチャン(北島三郎)が好きです。僕らの音のなかに、「こいつらアジア人だな」ってものを生かしていきたい。

ほんとのことに飢えている時代

 僕らの音楽を聞きにきてくれる人はまだまだ少数です。でも、最近は「世の中のカラクリみたいなことにだまされたくない、ほんとのことを知りたい」という、若い人の反応をすごく感じています。

 いま「モンスーン・アジア」と題したCDをつくっています。日本人が再生できるとすれば、それはアジアと共生することだろうと思うんです。それが今度のCDのテーマです。慰安婦の問題を含めて、アジアと正面から出会える関係をつくっていかないかぎり国の未来はないでしょうから。CDを手にした人が漠然とした形でもいいから、アジアに目を向けてくださればすごく幸せに思います。

 いま確実に世の中を変えなければならない時期にきています。僕らが歌のなかから力を回復するというのはあると思う。もっともっと大衆的なロックをめざし、ロックが持っていた左派的なものを僕らが代表していきたい。

 六十年代はビートルズがいて、ロックが輝いていた。それはバンドだけで輝いていたんじゃなくて、聞き手とキャッチボールしている。そういう意味で、僕らももっと多くの人に聞いてもらって、ボールを投げ返してきたいと思っています。


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