労働新聞 2007年1月1日号 新春インタビュー

新春インタビュー

対米追随やめ、
アジアと共生する繁栄の日本を

(文責・見出しも編集部)

 昨年秋に誕生した安倍政権は、在日米軍再編などで衰退する米国を積極的に支えながら、政治軍事大国化の道を進んでいる。昨年の朝鮮に対する制裁を契機に、北東アジアの緊張が高まっており、わが国の進路が本格的に問われる情勢となっている。対米追随でアジア敵視の戦争への道ではなく、アジアと共生する繁栄の道こそ、わが国がとるべき進路である。新年に際し、各界の人びとに、日本の対アジア外交のあるべき姿などについて、縦横に語ってもらった。

正しい歴史認識と対米追随の見直しこそ
対アジア外交の原点

中江 要介・元中国大使


 日本のアジア外交の原点となるべきものは、侵略戦争への反省、つまり歴史認識の問題である。とくに私たち「戦中派」からすれば、戦争責任をあいまいなままにすべきではないという思いが強くある。国である以上、自らの姿勢をただして過去の過ちに決着をつけずに、外国にものを言う資格があるはずはない。
 アジアに対しあれだけの侵略を行い、損害を与えたのだから、その理由が何であれ、事実を認めて謝罪するのは当たり前である。その潔さは、人間としても国家の道義の問題としても、基本になるべきことだ。これがないから、シンガポールのリー・クアンユー首相(現顧問相)が述べた通り、日本はいつまでたってもアジアに「友」がいない状況である。
 こうして、侵略への反省が不十分なまま、日本は戦後の経済発展の中、カネにものを言わせて東南アジアにどんどん出て行って反発を受けた。田中首相がアジアを歴訪したとき、タイやインドネシアで大規模なデモにあったのはその一例である(七四年)。
 「福田ドクトリン」は、この反省から生まれた(七七年)。
 その三原則の第一は、日本は再び軍国大国にならないということ。第二は、「心と心の触れ合い」を大切にするということ。経済支援にも「心」が伴わなければならない。第三は、ベトナム戦争が終わったということもあり、体制を超えた平和共存をはかるということ。
 このようにして、日本の対アジア外交が立て直されたという経緯がある。当時、私はアジア局に在籍していたから言うわけではないが、これは実に的確な政策であったし、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国にも歓迎され、国際的に評価された。
 ところが、現在の日本外交はどうだろう。過去への反省をおそろかにし、「福田ドクトリン」も引き継がず、過去の過ちにはほおかむりをして、直視しようとしていない。とくに隣国の韓国や中国との友好を進めずに、アジア諸国との友好はありえない。それがないまま、大国化を狙った国連安保理常任理事国入りなど成功するはずはないし、ましてや、朝鮮の非核化をめぐる六カ国協議でも孤立するばかりである。
 侵略と植民地支配の被害を受けた中国や韓国が、十分に反省しない日本に冷淡な態度をとるのは当然である。それなのに、その責任を相手に押し付け、「国内の権力争いのためにやっている」などと言うのは、責任転嫁もはなはだしい。その上、防衛庁の省昇格など、きな臭い軍事大国化の道を進めるのでは、という疑念を抱かせるなどは思慮に欠ける。
 例えば、教育基本法を変えるというのであれば、まず過去の歴史についてきちんとすべきなのだが、侵略への反省もなく、「美しい国」などと言葉をもてあそぶだけでは、再び国民をだまして、危険な道に駆りたてようとするものではないかと疑いたくなる。
 このように、過去の問題が清算されていないのは、対米追随外交を続けてきたことと根は同じであると思う。米国は「反共」政策上、意図的に日本の過去への反省をあいまいにしたまま、韓国やASEAN諸国などへの経済支援を促した。そして、侵略に無反省なわが国政治家たちは、「これ幸い」とこれに乗った。
 だから、過去の反省とともに、対米追随の日本外交、国のあり方を見直すことが不可欠となっている。日米安保体制の見直しもその一つだが、そうして初めて、日本は一人前の「アジアの一員」となることができるはずだ。
 具体的に、日本が解決すべきアジア政策における重要な懸案は、朝鮮民主主義人民共和国との国交正常化である。
 日韓条約(六五年)当時は冷戦下で米国の強い要請もあって、分断された一方の大韓民国としか国交を結べなかった。これにはやむを得ない面もあった。だが、冷戦は終わったのだから、体制が異なるもう一つの国、北朝鮮との関係の正常化をはかるのは当然であろう。
 小泉前首相は、〇二年の平壌宣言で正常化の「入口」には立った。だが、その後拉致問題をあおることで関係をダメにしたばかりか、北朝鮮を「悪の枢軸」とする米ブッシュ政権に追随し、安倍政権はさらに強硬な政策だ。
 「アメとムチ」「対話と圧力」と言うが、実際はムチと圧力だけだ。自らも経済制裁を行い、国連にまで制裁を持ち出し、あらゆる国際的な場で拉致問題を正面に持ち出して、対話しようとはしていない。マスコミも同調して、政府への批判精神を失っている。ムチで徹底的に打って「言うことを聞け」などという態度で問題が解決するはずはない。
 拉致問題を解決しようとするのであれば、まず何よりも、日朝間で実のある話ができるように国交を正常化するのが先である。国交を正常化して大使も交換し、民間交流も行う。そういう中で互いの心がほぐれてくれば、拉致問題なども冷静に話し合える道が開けてくるはずだ。こんな簡単なことがわからないのかと思うほど、わが国のアジア外交は愚劣で憂うべき状況だ。
 心ある政治家や政党の役割に期待したい。

なかえ・ようすけ 1922年生まれ。京都大学を経て外務省入省。条約局法規課長、アジア局局長などを経て、ユーゴスラビア大使、エジプト大使、中国大使。元三菱重工顧問。霞完(かすみ・かん)の名で、創作バレエの台本を書く。


「弱者の視点」忘れず、米戦略の危険性見抜こう
浅井 基文・広島市立大学広島平和研究所所長


■米日の朝鮮包囲こそが本質
 外交を行い国際関係を安定化させるためには、事実や歴史にきちんと立脚した、冷静で正しい情勢判断が不可欠だ。
 そのためには、「相手国の立場に立ったら物事はどう見えるか」ということを考えなければならない。「大国」あるいは「強者」の視点で物事を見るだけでなく、大国・強者におびえる「弱者の視点」も持たなければならない。だが、日本外交では、相手の立場に立って考えるという視点がまったく欠落しており、自国の都合しか考えないということがあまりにも目につく。
 今回の朝鮮をめぐる情勢はその典型であり、米日両政府が朝鮮を追いつめる政策をとっていることが問題の本質である。
 そもそも朝鮮戦争当時、トルーマン米大統領が原爆使用の可能性に言及したことにこそ、こんにちにおける朝鮮半島の核問題の発端がある。朝鮮からすれば、常に米国による核兵器の脅威を現実的なものとして考えざるを得なかったのだ。
 そうした超大国の核兵器の脅威に対して、核武装で対抗する道を選んだ先例としては中国がある(六四年に核実験)。朝鮮は国力も科学技術力もなく、長年「朝鮮半島の非核化」を主張することで、在韓米軍や在日米軍の脅威に政治的に対抗することに重点を置いてきた。この一つの結果が、韓国の盧泰愚大統領(当時)の呼びかけにこたえる形で実現した、九二年の南北代表者協議における「朝鮮半島の非核化共同宣言」(南北非核化宣言)だった。
 クリントン政権当時の九三年には、米国が国際原子力機関(IAEA)などとともに演出したと見るほかない朝鮮の第一次核開発疑惑を契機に危機が深まったが、九四年に米朝合意ができ、それを受けて朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)という枠組みもできあがった。この間、朝鮮が「南北非核化宣言」の枠を超えようとしていたとは、米国も見ていなかった。

■朝鮮敵視強めたブッシュ政権
 だが、二〇〇一年にブッシュ政権が登場して、国際法上も違法である「先制攻撃戦略」を打ち出し、「ならず者国家」の一つとして、朝鮮を名指しした。〇二年には「ウラン濃縮疑惑」なるものを持ち出して、KEDOをつぶした。
 さらに、〇五年九月に朝鮮の核をめぐる六カ国協議における合意ができ、その中で米国が朝鮮を攻撃しないと約束したことで転機を迎えたかと思われたが、その直後に米国は朝鮮による「マネー・ロンダリング」を持ち出し、金融制裁を発動した。この点について最近、「ニューヨーク・タイムズ」社説が「(ブッシュ政権は)朝鮮が約束を履行する意思があるかないかを見極める大切なチャンスを自らの手で葬った」と述べたが、当たっている。
 さらに、米国は日本を巻き込んで米軍再編を進め、世界中に軽快、機敏、迅速に米軍を展開し、「敵」をいつでも攻撃できる態勢づくりを狙っている。その「敵」が密集している地域として、米国は「不安定の弧」と呼ぶ地域を設定した。その東端が朝鮮半島であり、日本だ。在日米軍再編は、米国の「対テロ戦略」遂行上もまた、対朝鮮政策遂行上もカギとなっていることが分かる。
 こうした軍事的な流れを「弱者の視点」、つまり朝鮮の立場から見れば、米国は朝鮮に対し、本当に身震いするばかりの恐怖感を与えている。朝鮮が事態を平和的に(つまり非軍事的に)打開したいと願っても、KEDOを崩し、金融制裁などの例に見られるように、ブッシュ政権はそれができないような手を打ってきた。これでは、朝鮮に「米国を信用しろ」という方が無理だろう。
 身に迫る危機を何とかしたいという絶望的な気持ちから、朝鮮が自ら核兵器を持つしかないと判断したとしても、それはかつての中国が選んだ選択と同じことである。核廃絶を追求する私個人としては決して容認しないが、国際政治の力学としては理解せざるを得ないものだ。私たちがしっかり認識すべき問題の本質は、米国の政策こそが朝鮮の核武装を招いたということである。
 だから、朝鮮半島の非核化実現のためには、朝鮮が抱いている不安感を取り除く努力こそが必要であり、経済制裁や体制転覆といった圧殺手段はまったく逆効果であり、根本的に間違っている。朝鮮が求めているように、まず米国が金融制裁を解除し、また朝鮮を攻撃しないという「六者合意」を誠実に履行すること、さらには米朝国交正常化に前向きに取り組むことが必要なのだ。
 国際政治や外交は、以上のように現実をリアルに把握することが前提だ。この点がまったく欠けているようでは、外交は成功しようがない。

■平和運動は米戦略への批判を
 だが、小泉政権そして安倍政権が行ってきたことは、リアルな分析を見向きもしない強硬一辺倒の政策である。そして、戦略もビジョンもなく、ひたすらありもしない朝鮮の「脅威」をあおって、日米軍事同盟の強化と軍事大国化を進める手法は、幼稚であるとともに、極めて危うい。
 こうした政治のあり方を問題の本質にそくして批判せず、政治に追随するだけの日本のマスコミの現状も、きわめて問題である。正常な判断力を失って権力の求めるがままに動いているという点では、戦前の総動員体制時と質的な違いはない、と言われても仕方がないだろう。
 現状は日本が米国といっしょになってアジアの戦争の火種となりかねない状況で、本腰を入れた平和運動が必要だ。
 平和運動は、「朝鮮の核実験反対」で終わり、ではいけない。朝鮮半島の非核化を実現する上での出発点は、すでに述べたことから明らかなように、なぜ朝鮮が核武装に走らざるを得なかったか、を考えることである。
 そうすれば当然、米国が視野に入ってくる。米国の戦略、二重基準を極める核政策、対朝鮮政策を批判し尽くし、改めさせない限り、朝鮮半島の非核化の展望は出てこないことを、日本の平和運動を担うものは片時も忘れてはならない。
 また、在日米軍の再編が成功するかどうかは、米国の無法な世界戦略、さらに国際情勢全体に大きな影響を与えるものだが、朝鮮半島情勢にも大きくかかわる問題だ。もし、日本の平和運動が在日米軍再編を挫折させることができれば、米国の世界戦略は大きく崩れさるし、第二次朝鮮戦争を起こせなくすることができ、朝鮮半島情勢の安定化にも大きく貢献する。
 そのための世論づくりが急がれる。

あさい・もとふみ
1941年生まれ。東京大学を経て外務省入省。条約局国際協定課長、アジア局中国課長、駐英公使などを歴任。東京大学教授、日本大学教授、明治学院大学教授を経て、05年4月、広島市立大学広島平和研究所所長に就任。著書に「日本外交−−反省と転換」(岩波新書)など。


核問題の理解に不可欠な
歴史への眼差し

丸川 哲史・明治大学助教授


■核は政治の一手段
 わが国の平和運動にとってだけでなく、「核」というものをどう考えるのかは難しい問題だ。倫理的に「悪」とするのは自然な感情ではあるにしても、現実には核は政治の一手段となっている。
 そしてある種、保有(実験)せざるを得ないという現実が、東アジアの中に歴史的にある。朝鮮の側からすると、朝鮮戦争以来の米国の核による包囲(具体的に核兵器使用の検討があった)があって、さらにアフガニスタン戦争やイラク戦争を見るにつけ、米国に攻撃されるのではないかという恐怖感がある。
 そうして行われた朝鮮の核実験だが、日本の世論に欠けているものの一つは、核の歴史的現実への問いかけだ。
 例えば、労働組合も文化団体なども、いずれも朝鮮の実験に「反対声明」を出した。だが、「なぜこうなったのか」という歴史的な掘り下げは、ほとんど見られなかった。

■核の「所有」の問題が重要
 私が言いたいのは、「だれが核を持つのか」「持ち始めたか」という「所有」の問題だ。これがいちばん重要なのではないのか。
 事実は、米国が最初に核を持ち、それからソ連が持って冷戦の構図をつくった。そして、英国、フランス。しかし、その次にどこが持つかは、歴史的に非常に微妙な問題であった。
 だから、六四年にまだ大国ではなかった中国が核を持ったとき、西側諸国は非常にショックを受けたし、日本の平和運動は「あらゆる核兵器に反対する」のか、それとも「社会主義国の核については留保(容認)する」のかということで二つに分裂した。

■第三世界の論理は大国と異なる
 原理的に「あらゆる何かに反対する」というのと、「具体的な状況の中で、何かに反対する」というのは、別の原理であるはずだ。特に後者においては、具体的な相手との対話を前提とすることになる。これは核についてだけでなく、戦争についても同じである。戦争も一つの政治の一形態なのだから。
 この原理というのは何かというと、世界を構成している国家間の力関係というのが現実だ、ということ。だから、力を持つ先進国の核と、力を持たなかった第三世界諸国が持つ核とは、論理的にはかなり違ったものとならざるを得ないところもある。
 七一年にキッシンジャーが上海に行き、翌年にニクソン大統領(当時)が北京に行き、米中関係は正常化へ向かうが、これは、中国が核を所有したということと無縁ではない。当時のベトナム戦争においても、それが米中間の戦争に発展しなかったのにも、同様の背景がある、と言わざるを得ないところがある。
 だから「核兵器は人類にとって危険」という「倫理的な要請」だけでは解決できない問題、つまり、大国による第三世界への直接的・間接的支配、中小国の「亡国の危機」という現実を理解しなければならない。
 だからこそ、中国は六四年に核実験を行ったとき、「自ら先に核を使うことはない」「長期的には核兵器を廃絶する」と言ったし、金正日総書記も今回、「朝鮮半島の非核化は父の遺訓」と言っていた。この、ある種繰り返されている構造は、もう少し指摘されるべきではないか。

■本質問われる平和運動
 さらに、日本の平和運動に問いかけたいことがある。もちろん、平和運動は歴史的に積極的な役割を果たしてきたし、今もそうだ。
 それを前提にだが、日本の平和運動の「聖地」である広島に、中国、韓国の国家元首が、訪れていない事実をどう見るのか。アジアの中に「原爆が戦争終結を早めた」という考え方があるというだけでなく、日本側が「あのような悲劇がなぜ引き起こされたのか」という点を、侵略の歴史と十分に結びつけて考えてこなかった問題があるのではないか(ただこの点について、広島原爆資料館などは軍都としての発展した自己反省を押し出すなど大変な努力を重ねており、評価できる)。
 また、日本が平壌宣言の合意を崩した背景には、明確に朝鮮半島への植民地支配への謝罪と賠償の問題があったのに、その点は触れられず、拉致問題だけがあおられた。つまり中国、韓国との関係にも影響するので、政府はそれを行いたくない、ということがかなり透けて見える。
 今の日本を見ていると、強制連行の責任者・岸信介の孫である安倍晋三が首相となったこと自体が、旧日本帝国主義が行ったいろいろな問題が清算されずに「世襲」されているという、非常に恥ずかしい状態を示しているのではないか。
 こうした積み残してきた問題が、今回の朝鮮の核実験を通じて吹き出している。遠くのイラク戦争には反対できて隣国の朝鮮への制裁には反対できないとは、こんな情けないことはない。これはある意味、平和運動の本質を問われているのであり、運動自身が決着をつけるしかない問題であろう。

■東アジアの連携強化が大切
 今何が必要かというと、政治的判断力の涵養(かんよう)ではないか。危機の時代において正しい政治的判断というものが必要なのだが、それも歴史に対する理解なしには生まれないように思う。
 そのためには、韓国・中国といった東アジアの国家・民衆というさまざまなレベルにおける連携を行っていくことが必要だ。短期的にはいろいろあろうが、アジアの長期の利益を考えれば「米軍のいないアジア」が望ましいに決まっているし、そこは合意できるはずだ。歴史意識や核に対する考え方もその連帯を強める中で討議し、共有化していくべきだろう。

まるかわ・てつし
1963年生まれ。明治大学政経学部卒、一橋大学大学院言語社会研究科を経て、明治大学政治経済学部助教授。専門は台湾文学、東アジア文化論。著書に「日中100年史−−二つの近代を問い直す」(光文社新書)、「リージョナリズム」(岩波書店)など。


司令部移転に自治体ぐるみで反対
米軍再編法案を葬り去ろう

加藤 泉・神奈川平和運動センター事務局長


■基地負担のがまんも限界
 米軍基地の早期返還は市民の願いである。そこにキャンプ座間への米陸軍第一軍団司令部が移転する問題が起こった。事実上、遊休化している相模補給廠にも自衛隊が入るということで、市民には、もうがまんも限界という思いが強まっている。
 横須賀には幕末以来百四十年にわたって基地があり、市民の負担が続いている。相模原、座間も七十年間基地の町であり、このままこの強化再編を認めれば百年先も基地の町が続くことになる。
 この一年間、相模原も座間も首長も議会も市民も反対し、市ぐるみで闘ってきた。自治体や自治会連合会主催の反対集会なども数多く取り組まれた。相模原の基地のそばのバス停に何人かの市民がプラカードを持って座り込むなど、国の一方的な基地の押しつけに反対して市民が自発的に声を上げはじめたことが、神奈川の一つの特徴だ。
 また、横須賀は三十三年間にわたり米空母の事実上の母港が続いてきた。もうそろそろといっているところに、原子力空母の母港化が出てきた。私ども平和運動センターや地区労も反対していたが、そこに市民の個人参加による「空母問題を考える市民の会」ができて、〇六年の春までに五十万人を超える反対署名を市長に提出した。
 ところが六月に、国の圧力で市長が受け入れを容認してしまった。そこで、自分たちの将来を市長が一人で決めるのではなく住民の多数の意見で決めようということで、住民投票条例制定の直接請求が始まった。労働組合や平和団体、政党なども全面的に協力し、わずか一カ月の署名期間で四万千五百五十一筆が集まった。市民たちの主体的な意思が集まった結果だ。議会は条例をつくって市民の声を聞き、市長は市民の意思を尊重して行動してもらいたい。

■米軍再編法案と闘おう
 安倍政権は、日米政府の密室での合意を押し付けようとしているが、基地負担を強いられる住民は圧倒的に容認していない。
 通常国会で米軍再編法案が審議されるが、市民的な議論を巻き起こして、国会の議論に影響を与える取り組みをしなければいけない。そのためには米軍再編で基地強化を押しつけられようとしている各地で同時発生的な連鎖的な米軍再編法案、予算案反対の取り組みを行うことが必要だ。
 福祉や年金が切られる中で、米国の行動を容認するためにばく大な税金を投入するという今度の予算案は認められない。安倍改革で痛めつけられている国民にわかりやすく訴えて、予算と関連法案をつぶさなければならない。
 安倍政権の進む方向は、このままいけば戦争への道であり、非常に危険だ。日本はどう進むべきか、今こそ一人ひとりの国民が考えなくてはならない。日本は北東アジアの一員であり、地政学的な立場で外交関係を進めるべきだ。米国に偏ったパートナーシップでは、北東アジアの深刻な問題は解決しない。
 平和問題に対する労働組合の取り組みも活性化していると思う。教育基本法改悪反対の取り組みでは、結果的には強行されたが、運動は大きく盛り上がった。そうした力が国民投票法案や共謀罪新設などを先送りさせたといえる。県下の集会でも、執行部の予測を超える組合員が自発的に集会に参加する状況が生まれている。闘いをさらに大きく組んで、米軍再編を打ち破る運動を進めていきたい。

かとう・いずみ
1945年生まれ。神奈川県横須賀市出身。自治労神奈川県本部などを経て、01年より現職。


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